クリニック院長のための対話型チームマネジメント 「聴く力」でチームを育てる

定価:
4,400円(本体価格4,000円+税)

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書誌情報

書誌情報
サイズ A5
頁 270頁
ISBN 978-4-498-14880-2
発行日 2026年11月04日

内容


小規模なクリニック・医局の組織的成長プロセスを詳説!
スタッフ数に余裕のないクリニックでは,一人ひとりの力をどう引き出せるかが組織運営の鍵となります.本書は,チームの成長段階を示す「タックマンモデル」と精神科臨床で培われた著者の「聴く技術」を柱とし,小規模組織のリーダーの関わり方を解説しました.関係づくりの形成期,対立が噴き出す混乱期,停滞を招きやすい統一期,自走する機能期,卒業としての散会期まで,各段階でリーダーが何をすべきかを具体的に示しています.

序文

監修言


 私は現在,地域に根差した診療所の管理者として,日々現場の舵取りを担っています.医療の最前線は,専門職としての高い技術が求められる場であると同時に,多様な価値観を持つ人間が交差する,極めて濃度の高い対人関係の場でもあります.そのような小規模な医療組織を率いるなかで,私が身をもって痛感しているのは,チームメンバー間でのコンフリクト(葛藤や衝突)は決して避けて通れるものではないということです.
 組織論において,チームの成長プロセスを示す「タックマンモデル」が説くように,メンバーが本音を出し合い,より良い形を模索する過程では,必ず「混乱期(ストーミング)」が訪れます .リーダーにとって,このコンフリクトは単に解決すべきトラブルではなく,自らのあり方が問われる「適応課題」に他なりません.問題が発生した際,リーダーがいかに逃げることなくメンバーと真摯に向き合えるか.そして,表面的な言葉のやり取りに終始せず,その奥にある想いや感情,言葉にならない背景を読み取ろうと「聴く」努力を継続できるか.この姿勢こそが,組織に水脈を通し,停滞した空気を解きほぐす鍵となります.
 本書は,クリニックという特有の医療現場におけるチームビルディングの過程で,リーダーが「どのように話を聴くか」という1点に深く特化した書籍です.一見すると「話を聴く」ことは当たり前の技術に思えるかもしれません.しかし,評価や判断を一旦脇に置き,相手の内的世界をありのままに理解しようとするカール・ロジャーズの「傾聴」の姿勢を組織運営に応用することは,医療現場における1つの革命とも言える試みです.
 本書の最大の特長は,組織マネジメントというビジネス的な観点と,精神科臨床における深い対人理解の観点を鮮やかに織り交ぜている点にあります.著者の猪野先生とは,かつて同僚として共に研鑽を積んだ間柄です.猪野先生が精神科医としての診療経験と,実際の診療所運営でリーダーとして葛藤し,紡ぎ出してきた言葉の数々は,机上の空論ではない圧倒的なリアリティを持っています.私は監修者として,猪野先生との「壁打ち」を幾度となく繰り返し,現場の院長先生やミドルマネジャーの方々が直面する具体的な困難に対し,いかに即効性と深みを兼ね備えた「実践知」として届けられるかに心を砕いてきました.もし本文に分かりにくさがあれば,それはひとえに監修者である私の力不足ですが,今の医療現場に必要な知恵を最大限に詰め込んだ自負があります.
 このような貴重な機会をいただけたことを,心より光栄に感じております.ダニエル・キムの「成功循環モデル」が示すように,組織の成果を支える起点となるのは常に「関係の質」です.本書に記された対話の技法を,読者の皆様にそれぞれの現場で実践していただくことで,チーム内の信頼関係が育まれ,それが結果として,患者さんや地域社会へ提供される診療の質の向上,さらには「善く生きる」ことの支援へと繋がっていくことを願って止みません .

2026年 秋
医療法人社団おうちの診療所目黒 院長
綿貫 聡




はじめに

 チームがうまく回らない─.
 医療現場で働くなら,一度はそんな感覚を味わったことがあるのではないだろうか.スタッフ同士の対立により,職場に緊張感が漂う.時にその矛先があなたに向かい,追い詰められた心境になる.自分のリーダーとしての才能のなさを嘆き,ひとり頭を抱える夜.そして朝が来ると,今度は問題をスタッフのせいにすることで,自分の未熟さから目を背けていた.けれど,苦しさは対立の中にだけあるわけではない.表面上は丁寧で穏やか.大きな衝突もない.しかしどこかぎこちなく,前に進んでいる実感がない.このままでいいのだろうか,と自問自答しながらも,「きっとこれでいいのだ」と自分に言い聞かせる日もあった.
 私も長く,このような“正体のわからない対立や停滞”に戸惑い続けたリーダーの一人だった.立ち上げの頃のぎこちなさ.ある日突然噴き出す対立.平穏に見える日常の裏に潜む静かな停滞.そのどれにもつまずき,どう向き合えばよいのかわからないまま,手探りの毎日を過ごしていた.
 「これが自分のリーダーとしての限界なのかもしれない」と思い込んでいた.だが,そうではなかった.
 後になってようやく,これらがひとつの流れの中で必然的に起きていたのだと理解することになるのだが,当時の私は“地図”を持たずに歩き続けていた.
①はじまりの壁 ─“演じる自分”に疲れ果てた朝
 新しい診療所で働き始めた初日.
 スタッフは皆,丁寧で礼儀正しかった.しかしその丁寧さの奥には,互いが慎重に距離を測っている空気があった.
挨拶をすれば笑顔が返る.質問をすれば必要な情報が返ってくる.ただ,そのやり取りはどこか「役割の仮面」を通したようで,温かさよりも“業務として整えられた受け答え”という印象が強かった.
 ─“値踏みされている”
 そんな空気をどことなく感じていた.失敗できない,変な印象を残せない.焦りは私を「素の自分」から遠ざけ,無難な返事や愛想笑いで取り繕う“演じる自分”を作っていった.今振り返れば,これはどんなチームにも訪れる“立ち上がりのぎこちなさ”だったが,当時の私はその意味を理解できずにいた.
②小さな温度差が分裂へと変わった日
 少しずつ関係が温まり,ようやく前に進んでいる感覚が生まれた頃,事件は起きた.対応が難しい患者をめぐり,治療方針のわずかな違いが対立に発展し,翌日にはスタッフの間に分裂が起きていた.静かな水面に落ちた一滴のインクが広がるように,抑え込まれていた不満が一気に噴き出した.
 「相談しにくい雰囲気がある」
 「一部の人に負担が寄っている」
 「前から納得していなかった」
 突然生まれた問題に見えたが,実際にはこれらは以前から積み重なっていたものだった.
 ただ,私が“見ようとしていなかった”だけだった.焦った私は,誰にも嫌われまいと立ち回り,判断がぶれた.その姿はきっと「決められないリーダー」として映っていたと思う.
当時の私は,典型的な誤解にとらわれていた.
 ─“問題があるスタッフさえいなくなれば,現場はうまく回るはずだ.”
 しかし,これは混乱期に多くのリーダーが抱く錯覚である.対立を生んでいたのは特定の個人ではなく,境界の曖昧さ,負荷の偏り,言いづらい空気─チームの“状態”そのものがつくり出した必然だった.
③静かな停滞 ─“言わない方が楽”になった職場で
 その後,混乱をなんとか乗り越え,現場は落ち着きを取り戻した.衝突はなく,業務は滞りなく回り,誰も声を荒げない.
 ─順調に見えた.
 しかしある朝,スタッフの会話がその平穏の正体を教えてくれた.
 「またAさんがオーダー抜かしていたけど,言うと空気が悪くなるから私がやっておいた」
 「前は意見を言っていたのに,最近みんな言わなくなったよね」
 “こなし方”だけが上手になり,問題を見なかったことにする文化が静かに育っていたのだ.安定しているのに,前に進む力がない.
 私はそこで初めて,変わらないこと自体がひとつの失敗であることに気づいた.
④この経験につながりを与えてくれた“チームの地図”
 一つひとつの出来事は別の事件に見えていた.
 しかし後になって私は,これらはチームが立ち上がり,揺れ,形をつくっていく中で必ず生じる“変化のプロセス”であると理解した.
 ただし,それらは自然に整うわけではない.放置すれば分裂や停滞に向かい,組織は崩れていく.だからこそ必要なのは,チームの動きを捉えるための“地図”である.
 その地図を与えてくれたのが,タックマンモデルだった.そして,それに重なるように,精神療法で学んだ対話の力が,「人が安心し,本音を語り,変化に向かうために何が必要か」を具体的に示してくれた.
 この二つが結びついたとき,私の中でバラバラだった経験は一本の線につながった.
⑤本書の目的
 多くの医療現場では,スタッフの数に余裕がない.
 だからこそ,一人ひとりの力をどう引き出し,どう協働できるようにするかが,組織運営の鍵となる.
 そのためには,
 ・チームがどのように動き,どんな揺れが起こるのか
 ・そのときリーダーはどう関わればよいのか
 を理解することが欠かせない.
 本書は,タックマンモデルという“チームの道筋”と,精神療法が教える“対話の技術”を組み合わせ,小規模組織のリーダーが迷わず前に進むための実践的な指針としてまとめたものである.
 私は遠回りをした.
 読者には同じ迷いをしなくて済むように,この本を地図として役立ててほしい.そしてその一歩が,あなたの現場に確かな成長をもたらすことを願っている.

2026年 秋
東京都立多摩総合医療センター精神神経科
猪野 裕之

目次

目 次

リーダーのつまずきをほどく知恵~クリニックリーダーへの10の処方箋~
登場人物

プロローグ 対話がすべてを変える― リーダーの孤独から始まる静かな革命
 1章 リーダー像の変革 ― 院長という“役割”を再定義する
  Ⅰ リーダー像の変革
  Ⅱ リーダーシップ
 2章 チームの物語を読み解く ― 崩壊と再生を分ける見えない構造
  Ⅰ チームはなぜ崩れるのか.なぜまとまるのか
  Ⅱ タックマンモデルという“地図”を持つ
  Ⅲ 医療現場に当てはめる ― タックマンモデルという判断軸

第1幕 形成期
 3章 関係性構築のツボをおさえる
  Ⅰ 形成期の全体像 ― “温める”ための原則と最初の一歩
  Ⅱ 名前を呼ぶという“最初の信頼行為”
  Ⅲ 聴いてもらえる安心が,関係をほどき始める
  Ⅳ 上に立たず,そばに立つ ― 形成期の距離感を整える
  Ⅴ まだ踏み込まない勇気 ― 形成期に必要な会話の深さ
 4章 信頼は「聴くこと」から始まる ― ロジャーズと心理的安全性
  Ⅰ 聴くことから始まる信頼 ― ロジャーズの中核三条件
  Ⅱ 安心の文化を育てる ― 心理的安全性の4要素
   コラム 伴走するリーダー ― 「同行2人」と三角形の比喩
 5章 弱さと承認がチーム文化を変える ― 信頼が挑戦を生む
  Ⅰ 弱さを見せる勇気 ― 脆弱性とリーダーシップ
  Ⅱ 承認と感謝 ― 信頼を可視化する文化
  Ⅲ 信頼が挑戦を生む ― 文化はリーダーから始まる
   コラム 信頼は何でできているのか —— BRAVINGという7つの行動

第2幕 混乱期
 6章 混乱期をどう乗り越えるか― コンフリクトは成長の通過儀礼である
  Ⅰ なぜチームは揺れるのか
  Ⅱ なぜ同じ出来事でも受け止め方が違うのか
  Ⅲ リーダーの“一致”が場を整える― あり方が対話の質を決める
 7章 [事実]の把握が場を静める― 対立の火種を消す“聴き方の技術”
  Ⅰ 聴き手の“あり方”が場を決める
  Ⅱ 事実と解釈を切り分ける
  Ⅲ 対立の空気を整える ―3点セットによる対話の調整
 8章 解釈のずれがチームを乱す― すれ違いを対話に変える技法
  Ⅰ なぜ“解釈”を扱うのか
   コラム 主訴と“真のニーズ”のズレ ― 不登校ケースにみる,語られない気持ちの探り方
  Ⅱ 解釈を開く3つの方法
  Ⅲ 解釈への理解がチームを変える
 9章 C:反応に働きかける ― 承認・アサーション 第3の案で「反応」を整える
  Ⅰ 感情をまず承認する
   コラム B(解釈)をほほぐす2つの技法
  Ⅱ リーダーが攻撃の対象になったとき — アサーティブに話す
Ⅲ 第3の案を共創する
 10章 リーダーに矢が向くとき― “戦わない対話”で混乱期を越える
  Ⅰ 【第1フェーズ】怒りの背後で何が起きているかを理解する
  Ⅱ 第2フェーズ ―「“怒り=困りごと”という視点に切り替える」
  Ⅲ 【第3フェーズ】矛先の構造と防御のパターンを見抜く
  Ⅳ 【第4フェーズ】巻き込まれない姿勢を選び直す
  Ⅴ 【第5フェーズ】協働に戻す(融和への4つの階段)
  Ⅵ 矢が向く瞬間が示すもの ― 混乱期の本質と意義

第3幕 統一期
 11章 成長の火種を絶やさない技術
  Ⅰ 統一期の停滞を見抜く視点
  Ⅱ 成長サイクルを設計する技術
  Ⅲ 成長を支える対話の実践
   コラム 静かに効く「ピグマリオン効果」
   コラム 精神科診療における「なぜ」を問うことの意義
 12章 個の成長がチームを動かす― いいこと探し・内省・共同意思決定で“自走”が立ち上がる
  Ⅰ 集団が自発的に動き出すためのメカニズム
  Ⅱ 自走型文化を育てる技術
  Ⅲ 対話が組織を動かす ― 共同意思決定の文化

第4幕 機能期
 13章 成長を止めないリーダーの秘策
  Ⅰ 機能期の全体像とリーダー像
  Ⅱ 個人の成長を止めない3つの方略
  Ⅲ 組織の成長を止めない3つの仕掛け
   コラム 意味が見えないとき,未来から今を見るということ― リフレーミングすら効かない「夜」のために
 14章 ビジョンを軸にする― 組織の方向性を定める
  Ⅰ ビジョンの軸をつくる ―MVVと北極星
  Ⅱ ビジョンを日常につなぐ ― 対話と演出
  Ⅲ ビジョンが揺らいだときの再起動 ― ハリネズミとビジョンスパイラル
   コラム リーダーが組織に遺すもの
― レベル5リーダーと老子の思想

エピローグ
 15章 散会期― 卒業としての旅立ちと炎のリレー
  Ⅰ 散会を「卒業」に変換する視点
  Ⅱ 成功の軌跡とプロセスを振り返る
  Ⅲ 個人の教訓・成長・哲学の継承
  Ⅳ 炎の継承と旅立ちへのメッセージ
   コラム 「小さな火」が世界を動かすとき


文献
あとがき
索引

執筆者一覧

  • 綿貫 聡 監修
  • 猪野 裕之 著
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