精神科実臨床における認知機能リハビリテーションの実践
内容
統合失調症や気分障害などの認知機能障害リハビリテーションがわかる.
統合失調症や気分障害における認知機能リカバリーの意義,重要性,検査法,介入法について初学者にもわかりやすく解説する書.リカバリー概念の解説から始まり,統合失調症,大うつ病,双極性障害,発達障害,摂食障害などの評価法,改善療法の技法,NEARの初期導入法や言語セッションの進め方,VCAT-Jなどの実践例を紹介しながら,わかりやすく解説する認知機能リハビリテーションの実践書.
序文
まえがき
統合失調症や気分障害などの精神障害における認知機能障害が精神科臨床において注目されるようになってから久しい.北海道大学病院精神科神経科(以下,当科と略す)では,2003年頃から統合失調症における認知機能障害に着目し,神経認知機能の評価を実臨床でルーチンに実施するとともに,認知機能を改善するための薬物療法の工夫や心理社会的治療の導入を試みてきた.
その背景として,当科は多職種協働によるチーム医療の歴史が長いことが関係している.1950年代から心理士による心理検査が開始され,私が入局した1984年には外来デイケアが導入され,1999年に施設認可された.私自身は,入局1年目の研修医の時から,デイケア場面では診察室や病棟内とは全く異なる表情や態度を見せる患者さんの様子に新鮮な驚きを感じたことを今でも鮮烈に覚えている.また,精神科作業療法は1986年から試行され,1991年に国立大学病院としては初めて施設認可を受けた.精神保健福祉士も1999年に国立大学病院として初めて配置され,今日に至っている.これらの多職種チームに支えられながら,気分障害患者に対する集団心理教育(1995年〜),復職支援プログラムと集団認知行動療法(2006年〜),統合失調症ならびに気分障害患者の認知機能改善療法(NEAR)(2010年〜),気分障害患者の回復活性化統合プログラムや統合失調症患者の集団心理教育プログラム(2016年〜)を順次開始してきた.2021年現在,本院の精神科入院病床70床(閉鎖30床,開放40床)と一日約200名の外来患者に対して,5名の精神保健福祉士,4名の作業療法士,7名の臨床心理士,2名の病棟薬剤師が稼働している.国立大学病院において,これだけ充実した数の多職種を揃えるために,当科スタッフによる長年の努力と病院への地道な働きかけがあったことは言うまでもない.
認知機能障害の評価や治療的アプローチは,当初,統合失調症患者に対して主に実施されていたが,次第に気分障害やその他の精神障害患者にも拡大して,今日まで実践を継続してきた.そこでは,治療目標としてのリカバリーをめざして,多職種チームがロバート・P・リバーマンの言う「Personal Support Specialist」として,当事者に伴走しつつ,その人生を支援し,生活のしやすさだけでなく,内面的な困難や生きがいの創出にもかかわる役割を果たしてきたと考えている.そこで,当科でこれまで蓄積してきた様々な精神障害における認知機能障害の評価や治療に関する知見を一度まとめてみたいと考えたのが本書を企画した第一の目的である.また,これらの臨床的実践や研究を進めていく上で,認知機能を切り口に臨床や研究を活発に行っている全国の施設とも大変懇意になり,ご指導いただいたり,共同研究に加えていただく機会も得た.そのようにお世話になった先生方にも著者として加わっていただきながら,本書をまとめてみたいというのが第二の目的であり,編者自身の強い希望でもあった.
今回,このような目的と希望が実現できたことは編者にとって望外の喜びであり,本書のために執筆をお引き受けいただいた全ての著者の方々に改めて感謝を申し上げたい.本書は,単に教科書的な知識の羅列ではなく,できるだけ実臨床に即した実践に役立つような実用書に仕上げることをコンセプトとした.本書を手にした医師,看護師,臨床心理士,作業療法士,精神保健福祉士,薬剤師をはじめ多くの医療関係者の他にも,精神障害の認知機能障害に関心をもつ関係者全ての方々にとって,有用であることを切に願っている.
2023年3月
北海道大学大学院医学研究院精神医学教室
久 住 一 郎
目次
目次
第1章 リカバリー概念〈久住一郎〉
❶リカバリーとは
❷臨床的リカバリーとパーソナルリカバリー
1)臨床的リカバリー
2)パーソナルリカバリー
❸治療目標としてのリカバリーを目指すために
1)認知機能と社会機能の関係
2)認知機能リハビリテーション(認知機能改善療法)の重要性
3)薬物療法の影響
第2章 統合失調症における認知機能障害〈橋本直樹〉
❶神経認知機能障害の概要
❷認知機能障害の長期経過
❸認知機能障害と社会的転帰
❹認知機能障害の生物学的基盤に関する研究
❺神経認知機能障害の評価
❻神経認知機能障害の治療
❼社会認知機能の障害
第3章 大うつ病性障害の認知機能障害〈賀古勇輝〉
❶認知機能障害の特徴
1)神経認知
2)社会認知
3)Hot cognitionとcold cognition
4)Stateか?traitか?
5)他疾患との比較
❷高齢うつ病の認知機能障害
❸認知機能障害と関連する要因
1)患者背景との関連
2)症候との関連
3)社会機能との関連
4)治療との関連
❹神経基盤・脳内機構
❺認知機能障害の治療
1)薬物療法
2)非薬物療法
第4章 双極性障害の認知機能障害〈豊島邦義〉
❶双極性障害の症状寛解期における認知機能障害
❷認知機能障害と機能回復
❸北海道大学病院での検討
第5章 発達障害の認知機能障害〈宮島真貴傳田健三〉
❶注意欠如・多動症(ADHD)
1)ADHDの概要
2)成人期ADHDの認知機能障害
3)ADHDの認知機能リハビリテーション
❷自閉スペクトラム症(ASD)
1)ASDの概要
2)ASDの認知機能障害
3)ASDの認知機能リハビリテーション
第6章 摂食障害の認知機能障害〈三井信幸〉
❶神経性やせ症および神経性過食症の認知機能障害
1)概要
2)実行機能(遂行機能)
3)注意
4)システマティックレビュー
❷過食性障害の認知機能障害
❸北海道大学における自験例の提示
第7章 社交不安症の認知機能障害〈藤井泰〉
❶社交不安症の認知機能
1)神経心理学的研究
2)うつ病との併存
3)機能画像研究
4)表情認知研究
❷北海道大学病院での検討
1)対象と方法
第8章 認知機能障害の評価法〈豊巻敦人〉
❶精神疾患の認知機能障害の評価
❷前頭機能系神経心理検査
❸BACS
❹その他の検査バッテリー
❺認知機能検査の結果の用い方
❻主観的な認知機能の低下の評価
第9章 認知機能改善療法の技法〈松井三枝〉
❶認知機能改善療法の種類
❷前頭葉・実行機能プログラム(FEP)
1)FEPの概要
2)FEPの特徴
3)各モジュールの概要
❸代償的認知トレーニング(CCT)
1)CCTの概要
2)CCTの方法
3)効果について
❹リハビリテーションへの神経心理教育的アプローチ(NEAR)
1)NEARの理論と概要
2)NEARの特徴
3)効果について
❺就労プログラムのための思考スキル(TSW)およびVCAT-J
1)VCAT-Jの理論と概要
2)アプローチの特徴
3)方法
❻社会認知トレーニング(SCIT)
1)SCITの考え方・理論・開発までの経緯
2)アプローチの特徴
3)治療構造
❼メタ認知トレーニング(MCT)
1)MCTの概要
2)MCTの実施の実際
3)標的とされる認知バイアス
第10章 NEARの初期の導入,PCセッションの立ち上げ方〈豊巻敦人〉
❶ハード面の準備
1)PCの確保
2)実施するスタッフの確保
3)場所の確保
❷ソフト面の準備
❸NEARのPCセッションの立ち上げ
1)PCセッションの初期の準備
2)課題の選択について
3)PCセッションの流れ
第11章 NEARの言語セッションの進め方と実践例〈豊巻敦人〉
❶北海道大学の統合失調症のNEARプログラムについて
❷1回目セッション「認知機能を改善させる活動」の進め方
❸2回目セッション「リカバリー目標を立てよう」の進め方
❹3回目セッション「学習スタイルとピンチの切り抜け方」の進め方
❺4・5回目「問題を解決しよう」の進め方
❻6回目セッション「説得力のある主張をしよう」の進め方
❼7回目セッション「効果的に伝えよう」の進め方
❽8回目セッション「よく聞いて覚えよう」の進め方
❾応用的なブリッジングセッションについて
第12章 北海道大学におけるJCORESとともに行う言語セッションの実践例〈豊巻敦人〉
❶VCAT-Jの概要
❷1週間の振り返り.日常生活を基にしたブリッジング
❸PCセッションを基にしたブリッジング
❹神経心理ピラミッドを用いたセッション
❺問題解決場面をテーマにしたセッション
❻就労準備性ピラミッドを用いたセッション
第13章 就労支援を目標とするVCAT-J(Jcores+言語セッション+個別の就労支援)〈VCAT-J研究会〉
❶言語セッションの導入とグループの注意点について
❷PCセッションを基にしたブリッジングについて
❸神経心理ピラミッドを用いることについて
❹就労準備性ピラミッドを利用したセッションについて
第14章 認知機能改善療法と他の心理社会的介入の併用〈北川信樹〉
❶認知機能リハビリテーション(認知機能改善療法,CRT)は社会機能の改善に寄与するか?
❷社会機能の改善に寄与する因子
❸他の心理社会的介入とCRTの関係および連携の可能性
1)SST(生活技能訓練)
2)社会認知トレーニング
3)メタ認知トレーニング(MCT)
4)認知行動療法(CBT)
5)環境支援
❹実臨床で有機的に実行するための戦略はどうあるべきか
1)就労支援とCRT
2)リワークプログラムとCRT(気分障害とCRT)
3)クリニック併設の精神科デイケアでの実践例(北大通こころのクリニック)
❺今後の課題とまとめ