ハームリダクションとは何か 薬物問題に対する,あるひとつの社会的選択
内容
「薬物依存症は刑務所に入っても治らない」,本当に必要なことは処罰ではなく“支援”である,と訴える著者らが,薬物依存に対する公衆衛生政策としての“ハームリダクション”とは何か?についてその基本的な考え方や意味,海外での実情を紹介するとともに,本邦で援助者が実務として行うことのできるハームリダクション的援助について,保健,医療,福祉など,様々な面からその可能性と実用性を考え,また現状の問題点についても考察する
序文
はじめに
何年か前,芸能人の覚せい剤事件で世間が湧いていた頃の話です.私はあるテレビ番組に出演し,こうコメントしました.「薬物依存症からの回復には刑罰は役に立たない.もちろん,取り締まって薬物の供給を断つのは大事だが,同時に薬物依存症の地域支援体制を整備し,需要を減らす努力も必要だ」.その後,番組には視聴者から,「犯罪者に治療なんて税金の無駄遣い.厳罰化しろ」といった感想が多数寄せられたと知り,「これが世間一般の認識なのか」と,私は暗然とした気持ちになりました.
はたして社会の薬物問題を解決するうえで,刑罰は有効な方法なのでしょうか.
一つエピソードを紹介します.今から10年ほど前,刑務所で薬物依存離脱プログラムの講師を務めたときの話です.そのとき私は,覚せい剤関連の犯罪で受刑している人たちに,「覚せい剤をやめられず,親分やアニキからヤキを入れられたことがある人,挙手して」と質問してみました.間髪おかずに全員が手を挙げました.予想通りです.依存症という病気は,本人よりも先に周囲を悩ませ,苛立たせるという性質があります.続けて私は,「ヤキを入れられてどんな気分になったか」と聞いてみました.すると今度は,全員が黙り込んでしまいました.そして気まずい沈黙の後,一人の受刑者が意を決したように口を開きました.「余計にクスリをやりたくなった」.この発言に受刑者全員が一様に肯く光景を,私は今でもありありと思い出すことができます.
罰の痛みには限界があります.事実,周囲による善意のヤキは,皮肉にも本人をより薬物へと向かわせたのではないでしょうか.なぜか? 依存症に罹患した脳は,自己嫌悪やみじめさ,恥ずかしさを自覚した瞬間に,「シラフじゃいられない」と渇望のスイッチがオンになるからです.
そもそも,覚せい剤依存症患者の再使用は刑務所出所直後が最も多いのです.どこかに閉じ込めても,いつかは解放されます.そのときが一番危ないのです.しかも,出所後に彼らが思い知らされるのは受刑による大切な人とのつながりの喪失であり,社会における居場所のなさという厳しい現実です.実際,彼らに話しかけてくれるのは,薬物の売人や薬物仲間くらいしかいないということもまれではありません.
問題はそれだけにはとどまらないのです.それが「犯罪」とみなされ,やみくもに「ダメ,ゼッタイ」と連呼,合唱する社会では,薬物に悩む人たちは誰にも相談できず,どこにも助けを求められなくなります.ただ,「クスリをやめられない」という秘密を抱えたまま地域で孤立し,その結果,その人はますます薬物に耽溺し,自身の健康を損なうばかりか,ときにはコミュニティの安全を脅かす危険も高まるでしょう.
そう,孤立は薬物問題が繁殖しやすい温床である―学術的研究によるエビデンスは,私たちにそう教えてくれています.
今日,国際的には薬物問題はもはや犯罪ではなく,健康問題とみなされ,規制・取り締まりではなく,公衆衛生的施策や支援の対象となっています.そして,そうした施策の中核的理念となっているのが,本書のテーマであるハームリダクション(harm reduction:被害低減)という考え方です.
ハームリダクションとは,健康上好ましくない,あるいは自身に危険をもたらす行動習慣を持っている人が,そうした行動をただちにやめることができない場合に,その行動に伴う害や危険をできるかぎり少なくすることを目的としてとられる,公衆衛生上の実践や政策を意味する用語です.同じ意味で,ハームミニマイゼーション(harm minimization:被害最小化)と呼ばれることもあります.
ハームリダクションはしばしばあらぬ誤解にさらされています.よく耳にする見当違いな反論として,「あの政策は,日本とは違って,国民に広くドラッグが蔓延している欧米が,泣く泣くやっているものだ.日本は『ダメ,ゼッタイ』で十分に成功をおさめている」というものがあります.しかし実は,日本でも,たとえば「アルコール依存症の治療目標は断酒以外にあり得ない」という治療理念のために,問題を抱えた人たちが屈辱的な気持ちから治療を諦め,あるいは治療や支援の場から脱落している現実があります.そしてその結果,多くの人たちが寿命を縮め,仕事を失い,さらには,自動車事故や暴力,児童虐待,自殺といったさまざまな二次災害や悲劇が発生しているのです.
強調しておきたいのは,ハームリダクションとはあくまでもサイエンスにもとづく冷静かつ合理的な公共政策理念であって,「ダメ,ゼッタイ」という感情的なイデオロギーとは一線を画するものである,ということです.イデオロギーには,サイエンスのような普遍性はなく,文化や時代,あるいは,その時代の政治のあり方によって容易に変転します.さらにイデオロギーは,問題を抱えた人を「ダメな奴」「悪い奴」と切り捨ててコミュニティから排除する事態を引き起こし,その人を孤立させ,問題を自分たちの視野に入らない「地下」に潜らせてしまいます.
ハームリダクションとは,問題を抱える人を孤立させずに,「その問題について話し合える関係性」を維持しながら,少しでも健康被害や危険の少ない解決策を探っていく方法論といえます.見解の相違を単なる「敵/味方」という対立構造のまま放置するのではなく,融和的な政策によってコミュニティへの包摂を目指す考え方といいかえてもよいでしょう.その意味で私は,すべての保健医療分野の援助者や,保健政策の企画立案者は,このハームリダクションの理念に精通している必要があると考えています.
さて,本書は,ハームリダクションという,新しい公衆衛生の考え方がどういうものであり,なぜ今ハームリダクションという考え方が必要なのか,といったテーマをわかりやすく論じた本です.できるだけ多くの保健医療の援助者に読んでほしいとの思いから,理論的な本よりも現場に即した,リアルな躍動感のある本を目指したいと考えました.しかし,これは「言うは易く行うは難し」です.
そこで本書の企画にあたっては,国内外で薬物使用者の権利擁護活動をしている古藤吾郎さん,長年地域で女性の薬物依存症者の支援に尽力されてきた上岡陽江さんに相談し,三人共同で内容の企画をしていきました.その結果,実にバラエティに富んだ書き手が―研究者,支援者,当事者,法律家,そして,薬物依存症者にとっては「ハーム(害)」そのものである刑務所の職員まで!―それぞれの立場でハームリダクションを語るという,おそらく世界的にみても他に類をみない本ができあがりました.これに加えて,薬物依存症専門医にして,オーストラリアのすぐれた薬物政策最大の立役者であるAlex Wodak先生に寄稿していただけるという僥倖にも恵まれました.おかけで,本書は学術的にも価値ある一冊になったと思います.
さらにここで特筆しておきたいのは,このようなユニークな企画は,古藤さんと上岡さんの存在なしには絶対に実現できなかった,ということです.私からの無茶な提案に快く乗ってくださったお二人に,心から感謝したいと思います.
それから,中外医学社企画部の宮崎雅弘さんと編集部の歌川まどかさんには,私たちのわがままと無謀さを許容し,辛抱強くおつきあいいただいたことを,この場を借りて深謝いたします.
最後に,薬物依存症の治療にあまり携わったことのない人に知っておいてほしい事実をお伝えし,この長い序文を締めくくりたいと思います.
私が担当する薬物依存症専門外来は,初診の申し込みをメールで受け付けるシステムとなっていますが,かねてから私は,薬物依存症本人から届くメールにはなぜか二つの特徴があることが気になっていました.一つは,深夜に送信されるメールが多いということ,そしてもう一つは,メール送信日は彼らの誕生日前後が多いということです.
この二つの特徴は私にあるイメージを彷彿させます.それは,一見,居直って薬物を使い続けながらも,深夜,「もうすぐ××歳になるというのに,このままでよいのか」と迷う孤独な薬物依存症者の姿です.
その迷いを希望に変えるのは治療や支援であって,たぶん罰ではないと思います.
2017年5月26日
編者を代表して
松本俊彦
<追記>
本書内では,文脈やそれぞれの立場に応じて「薬物依存症」「薬物乱用」「薬物使用」の用語を使いわけております.その点をご留意下さい.
おわりに
2016年の春,オーストラリアでハームリダクションについて学ぶ視察研修中にこの本の企画が始まりました.当時は,日本薬物政策アドボカシーネットワーク(NYAN)というプロジェクトを立ち上げて間もない頃でした.アドボカシーとは権利擁護とも訳されます.権利を守るためにアクションを起こす・声をあげる,という思いを込めて名称にとり入れました.
ドラッグを使うことで,本人が,そして身近にいる家族やパートナーたちがさまざまな困難に直面することがあります.やめられないという依存,場合によっては妄想や幻聴などの精神症状で苦しむことがあります.これは薬物が身体・精神に直接与えるダメージです.違法薬物の場合はこれにとどまりません.逮捕されれば仕事を失い,友達や家族を失い,孤立し,犯罪者としてのレッテルを貼られて生きていくことになり,そうした孤立がうつ病などを引き起こし,命を落とすことさえもあります.こうしたダメージは,社会的な作用によるものです.ところが,違う国なら必ずしも仕事を失わないし,孤立しないし,犯罪者としてのレッテルが貼られず,支援が必要な人としてサポートを受けられることがあります.そうした情報を耳にするようになってきました.そこから,個人(使用者本人や家族など)にとって,地域社会にとって,より良い薬物政策とはどういうものなのか理解を深めていこうと考えるようになり,2015年末にこのプロジェクトが本格的に始まったのです.
少しずつですが,ハームリダクションや非処罰化などが国際的に議論されていることを学んできました.一方で,日本国内ではそうしたディスカッションがほとんどなされてきていないことにも気づきました.なによりも自分たち自身が議論や対話をするほどの十分な知識や情報がないことを痛感しています.そこで,まずは海外の文献に目を通し,限られた数にはなりますが,いくつかを日本語に翻訳する作業を開始しました(翻訳したものは今後,インターネット上で発信していく予定でいます).
さらに,国連麻薬特別会議(UNGASS)に参加したり,海外の国際的なNGOが開催する研修などにも参加してきました.折しも,この本の企画・編集を進めていましたので,研修などを通してたくさんの助言を頂戴することができました.日本での薬物政策アドボカシー活動を支えてくださる世界中の方々に心から感謝しています.
今回,この本ではほとんど触れることができませんでしたけれど,私たちがともに活動している仲間に,家族がいます.使用している本人とのパートナーシップがあったり,家族関係があったりする人たちです.本人だけでなく,家族もまた違法薬物使用に対する強い差別やスティグマに苦しめられています.ドラッグ使用をめぐり,本人は何かしらの支援につながることがあっても,家族は適切な介入や支援を得られずますます孤立を深めていくことがあります.家族と協働することは私たちの活動では欠かすことができません.
ゆっくりではありますが,少しずつネットワークを広げながら歩んできました.心に深く突き刺さるいくつかの出来事もありました.一つは,相模原の障害者施設での殺傷事件と,その後に起きた精神保健福祉法改正に向けた動き(障害者への監視的な関わりを強めるもの)です.続いて,何度も繰り返される著名人の薬物使用に関するメディアのバッシング.そして,フィリピンで,今なお続く警察と正体不明の組織による薬物使用者やディーラーとして疑われた人を対象にした大量殺害.いかにスティグマが根深いものか,いかにたやすく抑圧や排除が強化されてしまうのか,恐怖と憤りがこみ上げてきます.そうした思いに駆られて活動を続けてきているのだと実感します.
自分達の考えていること,学んできていることは思い込みではなく,国際的に議論されていることであり,科学的に実証されてきているものだということもわかってきました.アクションを起こしたものもあります.そのうちの一つが,家族会や専門家の方々とともに,薬物報道ガイドラインを提案するものでした.私たちがこうして声をあげていくのは,コミュニティーの健康と安全の向上につながるという強い信念に基づいています.異なる考えも当然にあるでしょう.さまざまな考え方や向き合い方がある中で,対話を重ねていくことは有意義なステップであると捉えています.この本が少しでもそれに役立つことができればなによりも嬉しいです.
依存症の回復プログラムが良いか悪いかを追求するだけでは不十分だ,まずは基盤となる薬物政策を検証しなければいけないんだ,と言ってくれた人がいます.それは,オーストラリアで薬物依存症回復施設の代表を務めるGarth Popple氏です.私たちがこうして活動を始めたこと,そしてこの本の出版につながったことも,Popple氏からの親身な助言があったからこそです.そして,この活動を通して,著者のみなさまとネットワークを築くことができたこと,そのうえ,今回ご執筆いただけたことはなによりも光栄なことだと感じています.企画・編集の声をかけてくださった松本俊彦先生をはじめ著者のみなさま,そして,中外医学社のみなさまに深く御礼申し上げます.
2017年6月
日本薬物政策アドボカシーネットワーク 上岡陽江
古藤吾郎
目次
目 次
はじめに
第1章 ハームリダクションとは何か?
1 はじめてのハームリダクション:今,世界で激論中〈古藤吾郎〉
ハームリダクションをめぐる国際的なディスカッション
ハームリダクションとは
はじめてのハームリダクション:NGOでの実習
ハームリダクションをめぐる幅広い合意
2 保健問題としての薬物使用〈樽井正義〉
HIV/AIDSとハームリダクション
スイスの事例
マレーシアと台湾の事例
ハームリダクションに学ぶ
3 「危険ドラッグ・フィーバー」から考えるハームリダクション
―規制強化は個人とコミュニティに何をもたらしたか― 〈松本俊彦〉
危険ドラッグ乱用の実態
わが国における「脱法」的な薬物との戦いの歴史
なぜ危険ドラッグ・フィーバーが発生したのか
「包括指定」がもたらしたもの
規制強化が引き起こした「害Harm」とは
危険ドラッグ・フィーバーの唐突な終焉
薬物対策の2つの柱―供給の断絶と需要の低減
自己治療仮説―「負の強化」こそが依存症の本質である
第2章 海外にみるハームリダクションの実践
4 世界は違法薬物にどう対応することができるか?〈著:Alex Wodak/訳:古藤吾郎〉
厳罰主義の隆起と緩やかな衰退
厳罰主義がもたらす逆効果
厳罰主義がオーストラリアに及ぼした悪影響
健康と社会のための薬物政策
健康と社会のための薬物の許認可
健康と社会のための薬物使用センター
新しく,そして多様なハームリダクション
国際的な薬物政策の変革
治療・回復に従事することと,薬物政策を変革するための活動の共通点
アンフェアな厳罰主義
5 ハームリダクションを医療者・医療ユーザーに伝える
―カナダ・トロント市での実践から― 〈みなみおさむ〉
ハームリダクション―従来の方法と何が違うのか
なぜハームリダクションが必要なのか
クライアントの側に立って物質使用を理解する
自己治療に行き詰まった人に対する援助
いま・ここにいるクライアントにハームリダクションをどう伝えるか
ハームリダクションの応用例―「クライアントの行動を制限する」介入
6 研究者がアドボカシーを行うためにできること:バンクーバーにおける
ハームリダクション事情と研究者の関わり〈林 神奈〉
VANDUの設立と非公認SIF
インサイトとその有用性
研究者の役割
第3章 日本における取り組みと課題
7 生き延びるための居場所や関係はどこにあるのか/どうつくるのか"
当事者も,その周りの人々にも安心・安全を〈鳥山絵美〉
ハームリダクションでつながりを
困っていることが言葉になる場づくり
家は安全な場所なのか
身体のケアでつながりを
生き延びるための選択肢を増やす
オーストラリアで確認した希望
依存先を増やしていく関わり
8 「生きていなければ始まらない」―そのための居場所づくり―ダルク女性ハウスの歩み― 〈上岡陽江〉
「やめるか,やめないか」しかないと思っていた頃
ハームリダクションと出会って
薬物依存は犯罪ではない
変わっていったこと
母と子の支援,心身のケア
生きていくためのハームリダクション
9 刑事施設におけるハームリダクション〈牛木潤子〉
刑事施設について
刑事施設とハームリダクション
10 薬物使用による害を減らすために司法にできること〈後藤弘子〉
薬物関連法規とその基本的な考え方
規範違反としての覚せい剤事犯者
司法における薬物使用者
変化する司法と回復への支援
11 安心して「クスリがやめられない」といえる社会を目指して〈松本俊彦〉
薬物依存症―誤解されている病気
薬物戦争敗北宣言
ポルトガルの薬物政策
誰もが依存症になるわけではない
「ネズミの楽園」が教えてくれること
安心して「やめられない」といえる社会
おわりに〈上岡陽江 古藤吾郎〉
索引