続・摂食障害という生き方 −医療刑務所から見えてくるもの−

定価:
4,290円(本体価格3,900円+税)

在庫あり

書誌情報

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サイズ A5判
320頁
ISBN 978-4-498-12984-9
発行日 2016年12月05日

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内容

医療刑務所というきわめて特殊な環境における摂食障害患者の治療から得られた知見、考え方を精緻な筆致で解き明かした本書に描かれている内容は、摂食障害の本質そのものに一層せまるものであり、診療の真髄を伝える内容となっている。まったく新しい視点から摂食障害の全体像をとらえた。

序文

序文
 筆者がはじめて摂食障害患者の治療に関わったのが医師になって2年目の1988年であるが、それから28年の時が過ぎた。その殆どの期間、研修医1年目の大学病院における内科研修と糖尿病専門施設で働いた2年間を除いて、九州大学病院心療内科などで摂食障害の診療に携わってきた。その詳細は、拙著「摂食障害という生き方 ─その病態と治療─」において述べているが、恵まれた環境においてやりがいのある仕事に打ち込ませていただき、幸せな四半世紀であった。
 九大心療内科を退職した2013年からの3年余りは、北九州医療刑務所において、常習窃盗(万引き)などで刑務所に収容された摂食障害患者の治療にあたっている。当所は、全国に4つある医療刑務所の一つで、精神科疾患を専門に扱っている。以前は男子のみを収容していたが、全国の女子矯正施設において大変な負担になっている摂食障害患者の受け皿となることを主な目的として、数年前に女子収容区(女区)が建設された。一般の矯正施設では対応しきれない摂食障害患者を引き受け、常時20人前後の摂食障害患者を収容している。女区では、その他にも統合失調症や覚せい剤後遺症など他の精神疾患の患者も10人弱収容されている。
 医療刑務所という環境で診療することについて、実際に勤務するまでは、特殊な環境で特殊な患者を診るというイメージもなかったわけではない。しかし、現在ではそのような感覚は全くない。むしろ、最も摂食障害らしい人たちを、これ以上ない恵まれた環境で思う存分診療し、摂食障害の真髄に触れる体験を毎日のようにさせてもらっている。また、矯正の世界全体において摂食障害治療に対する期待がとても大きく、医師として当たり前にやっていることを高く評価してもらっているが、こういうことは一般の摂食障害治療者にはあまり経験できないことなのではないだろうか。
 筆者は心療内科でずっと摂食障害の治療をしてきたが、心療内科の病棟は一般内科と同様の構造であり、閉鎖病棟や保護室といった物理的枠組みを持たない。患者・家族との契約や約束といった物理的ではない枠組みを用いていたが、心理面の不安定性や行動の制御困難性が非常に大きい患者の場合、治療には大きな困難が伴い、ぎりぎりのところで踏ん張ったり、それがかなわず治療を中断せざるをえないということも稀ではなかった。それも貴重な経験ではあったが、閉鎖病棟や保護室のある精神科であればもっと治療できたのにと残念に思うこともないではなかった。それが今では、これ以上ない絶対的な物理的枠組みがあり、患者を密に観察し対応してくれる信頼できる刑務官や看護師などのパートナーたちもいる。通常では改善させることは不可能なような患者にも有効な対応を行うことができ、患者の変化に驚かされ大きなやりがいを感じることも少なくない。
 心療内科にいた時に、松木邦裕氏に「摂食障害の治療をする上で、精神科と心療内科の違いは何ですか?」と尋ねたことがある。松木は若い頃九州大学心療内科に在籍していたのだが、その後精神科に移ったという経歴があるので、そのような質問をしたのである。その答えはこうであった。「泳ぐということには変わりはないが、プールで泳ぐのと海で泳ぐのとの違いがある」。勿論、心療内科はプールで、精神科が海だという意味である。精神科はそこにいるだけでそれだけ深い経験ができるのかと、ちょっと残念に思ったものである。そういう点、医療刑務所は、最も深い海のようなものであると言えないだろうか。患者たちは概してとても深い精神病理を持ち、治療動機も極めて乏しい状態で当所にやってくる。そのような患者なら普通の治療環境であれば問題を起こして治療を続けられなかったり、治療されることを嫌がってどこかに行ってしまったりすることが多いだろう。しかし、ここでは刑期の間は嫌でもとにかくそこにいてくれるのである。また、密な観察の元で、都合の悪いことでも隠し通すことはできないので、通常であれば明らかになりにくい患者の深い部分まで知ることができる。医療刑務所で治療するようになって、摂食障害という病気についてそれまでは十分明らかに見えていなかったことが明確に見えてくるなど、より深く知ることができるようになったと思う。
 以前、野崎剛弘氏に、「将来、先生(筆者)のために摂食障害センターを作ってあげる」と言われたことがある。野崎は医学部時代からの友人で、九州大学心療内科にも同期で入局し一緒に歩んできた仲間である。その話をあまり本気にしていたわけではないが、実は摂食障害の治療をする医師を当所が求めているという話を筆者に持ってきてくれたのも、野崎なのである。本当にこれ以上ない摂食障害センターをプレゼントしてくれたと、感謝している。
 本書における内容は、医療刑務所に来てからの経験や考えたことが中心となるが、通常の摂食障害には当てはまらない特殊なことではなく、むしろ摂食障害の本質そのものに一層せまるものとなるのではないかと考えている。また、通常の医療機関では、患者はたとえ家族などに連れられて嫌々であるのだとしても、自ら病院の門をくぐってやってくるものであり、そのような患者以外を診ることはあまりない。しかし、当所の患者の場合、治療を受けたこともない人やそれどころか摂食障害だと言われたこともないという人も珍しくない。社会における治療の網に引っ掛からなかった人も含めて、摂食障害の全体像を見るためにはとてもいい位置にあるのではないかと思われる。当所における筆者の経験や知見が、読者のお役に立てれば幸いである。

   2016年10月
瀧井正人

目次

目次

序章 大学病院心療内科から医療刑務所へ
 ・「摂食障害って治るんですか?」
 ・治療者として挑戦しがいのある摂食障害
 ・九州大学病院心療内科について
 ・『行動制限』を用いた摂食障害治療
 ・九大心療内科に戻って
 ワンポイントメモ1●回避を遮断されることにより、患者は自分自身の心理的問題に向き合い始める
 ・客観的な結果よりも治療者の主観的な信念がしばしば大事にされている、摂食障害治療の現状
 ・治療法の改善と治療成績の向上 ─『行動制限を用いた認知行動療法』の完成─
 ・『行動制限を用いた認知行動療法』という名前について
 ・治療環境の不都合な変化
 ・葛藤の日々
 ・筆者の摂食障害治療の目標は現実離れしたものだったのか?
 ・なぜ大学をやめて医療刑務所に?
 ・医療刑務所の見学 ─医療刑務所で摂食障害の治療をする上での大きなアドバンテージ─
 ・医療刑務所へ
 ワンポイントメモ2●『治療技法』と『人間としての治療者』

2章 摂食障害についての筆者の基本的な考え方
 ・摂食障害とは
 ・なぜ摂食障害になるのだろうか
 ・摂食障害の成因としての『回避』
 ・摂食障害の病型
 ・「神経性やせ症」と「神経性過食症」の関係と相違点 ─例えば、入院への態度の違い─
 ・時代による摂食障害の移り変わり
 ・摂食障害の多面性と多様化─共通理解の難しさ─
 ・摂食障害の交通整理的な3つの類型
 ・『行動制限を用いた認知行動療法』の概要
 ・回避の遮断により、元来の心理的問題を扱うことが可能になる
 ワンポイントメモ3●オペラントとは?

3章 北九州医療刑務所における摂食障害患者のプロフィール
 ・北九州医療刑務所の摂食障害(神経性やせ症)患者のプロフィール
 ・典型的な経過の2パターン
 ・医療刑務所の神経性やせ症患者の病態─3つの類型からの考察─
 ・なぜ摂食障害患者が常習窃盗をするに至るか(仮説)
 ・摂食障害的アイデンティティが患者の内面を変容させる
 ・万引きの開始についての診察でのやり取り

4章 北九州医療刑務所における治療と治療成績
 ・当所における摂食障害治療プログラムの形成過程
 ・当所の摂食障害治療プログラム
   I.オペラント行動療法(栄養摂取プログラムを含む)
   II.心を育てる治療
   III.チーム医療
 ・治療結果・予後

5章 常習万引きにより累犯4回の摂食障害患者
 ・病歴
 ・3回目の服役における、当所収容中の経過(当所1回目)
 ・4回目の服役における、当所収容中の経過(当所2回目)
   第I期:治療を受け入れるまで
   第II期:内省期
 ワンポイントメモ4●摂食障害を『アイデンティティ』、『プライド』という側面から見る
 ワンポイントメモ5●部分対象関係と全体対象関係
 ワンポイントメモ6●オペラント的枠組みと「快感原則」「現実原則」
          ─行動療法は人間の深い心理や生き方をターゲットとした、高度な治療となりうる─
   第III期:刑務所内で生じた人間関係の問題を、治療的に扱う
   第IV期:母親との関係を見つめ直す
 ワンポイントメモ7●目に見えるものしか実感できない人における、行動制限を用いた治療─その効用と妥当性─
 ワンポイントメモ8●行動制限を用いた治療の落とし穴を乗り越えるために─体重増加以外の変化を評価する─
   第V期:これからどのように生きていくか
 ・追加

6章 医療刑務所で見えてきたもの
 ・当所における「常習窃盗+摂食障害」の患者の殆どが、『中核的摂食障害』である
 ・顕著な母娘関係の問題を持つ患者たち
 ・他のタイプの摂食障害患者たち
 ・重症摂食障害患者の心の問題をどのように扱うか
 ・摂食障害というアイデンティティ
 ・重症摂食障害患者へのしばしば見られる不適切な治療(対応)について

7章 万引きを繰り返す摂食障害患者に関する、「収容か治療か問題」
 ・「病気なのだから、刑務所に収容せずに、刑務所の外で専門的治療をするべきである」という主張について
 ・刑務所で摂食障害の治療をすることには、むしろ有利な面が小さくない
 ・「摂食障害+常習万引き」の病態は、「クレプトマニア」の診断基準に当てはまらない
 ・何度捕まっても、まさか自分が実刑になるとは思っていない人たち
 ・それでもなぜ「クレプトマニア」という診断を付けるのか?
 ・常習万引きの起こるメカニズム ─衝動性障害として始まるのではなく、摂食障害の悪化による─
 ・摂食障害の中途半端な治療が、常習万引きを導く
 ・摂食障害患者が常習万引きに至る経過
 ・大学病院で治療した、「摂食障害+常習万引き」の患者─刑務所の外で治療することの困難さ─
 ・医療刑務所で「摂食障害+常習万引き」患者の治療をするアドバンテージと、当所における治療・治療成績
 ・「摂食障害+常習万引き」をクレプトマニアだとしている「窃盗癖─嗜癖治療モデル」の治療は、
   アルコホーリクス・アノニマス(AA)のミーティングの引き写しである
 ・AAのミーティングをモデルにした方法では、「摂食障害+常習万引き」の患者を有効に治療することはできない
   ─「生きる実力」と「治療動機」における決定的な違い─
 ・「収容か治療か問題」についての摂食障害の専門家達の意識調査の結果
 ・収容されなかった場合の結果は?─その厳しい現実─
 ・「クレプトマニア」として治療している某病院を経由してやってきた患者たち
 ・「問題なのは窃盗だけであり、摂食障害を治す必要はない」と主張していた患者が、
   「自分はクレプトマニアなどではなく摂食障害であり、それを治さなければならない」と認めるようになった
 ・「摂食障害+常習万引き」の患者の徹底的な責任逃れをやめさせることの意味
 ・まとめ

あとがき

索引

執筆者一覧

  • 瀧井正人
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