パーキンソン病 発症機序に基づく治療
内容
パーキンソン病治療において最優先されるべきなのは,やはり薬物治療,なかでも発症機序に添った治療薬であるL-ドーパがもっとも有効であること.それこそが,パーキンソン病診療のオーソリティが辿り着いた結論であった.豊富な自験例の紹介から,治療の考え方,文献レビューまで.約半世紀にわたって積み上げられた貴重な診療体験を凝縮した一冊.
序文
緒言
本書を上梓したのは現状でのパーキンソン病の治療法が自分のなかで大体かたまってきたからである.iPS細胞は多くの期待を寄せられながらまだ実用化のめどは立たず,深部脳刺激療法も一部の症例では良いが,大部分の症例には使いにくい.それは患者さんの側からみれば,脳を手術することへの恐れであることが多い.医者の目からみても,十分内科的治療を行わずに手術されてしまっている症例が少なくない.手術は多くの例で約10年は効果があるが,その間にも,声が小さくなり何を言っているのかわからない,前ほどではないにしてもウェアリングオフやジスキネジアが出てくる,さらに稀ではあるが認知症を起こしたとみられる症例や,手術をしても少しも良くならない症例にまで手術をされている.このような現実をみるとやはり薬物治療が優先されるべきで,しかもできるだけ症状をとる方向での治療が望ましい.
パーキンソン病の治療には種々の薬物が使用されているが,そのなかでL—ドーパはパーキンソン病症状に最も有効であり,いつまでも効き,副作用も少ない.減少しているドパミンを補うので,最も理にかなった治療である.たくさんの抗パーキンソン病薬のなかで最も有効な薬である.ただ血中濃度の有効時間が約3時間と短いのが難点であるが,最初はドパミンの再利用機構が残っているので,ウェアリングオフは出てこない.しかし,L—ドーパを使用し始めて5年も経つとそろそろウェアリングオフが出てくる.その間にもドパミンニューロンの変性が進むために再利用機構がだんだん失われてウェアリングオフが出てくるので,L—ドーパの副作用というよりは,病気の進行による薬理的な現象とみたほうがよい.ウェアリングオフに少し遅れて出てくるジスキネジアも,シナプスに放出されたドパミンがドパミン再取り込み部位のないセロトニンニューロンの中などで,脱炭酸されて放出されるためではないかと考える.
このように考えるとパーキンソン病の治療においてはL—ドーパをいかに上手に使うかが患者さんの幸せにつながっていると思う.最初は毎食後に100 mgずつでよいが,ウェアリングオフが出てくると,効いている時間に合わせて飲むことが大切になってくる.ウェアリングオフにやや遅れてジスキネジアが出現するが,これもドパミントランスポーターがないセロトニンニューロンなどで,L—ドーパが脱炭酸されたために,シナプス間隙に放出されたドパミンがドパミントランスポーターで取り込まれないため,一過性にシナプス間隙に放出されたドパミンが過剰となって出現すると考えられる.すなわち薬理的現象である.したがって,ジスキネジアが出始めたら,できるだけL—ドーパ服用量を少なくして,飲む回数を増やすしかない.
このような方針で患者さんを治療してきて,最初のときから数えると45年にもなる.最初の頃は紆余曲折もあったが,ここ20年くらいは上記の方針で治療を行っている.その成績を残すことは重要と考え,本書の上梓を思い立った.第1章は自験例498例の治療成績である.意外にジスキネジアの頻度が低かった.これは手前味噌ではあるが,その都度ジスキネジアの出る機序を考えて治療をしてきた結果ではないかと思う.なお本稿での統計処理については,富山大学院医学薬学研究部バイオ統計学・臨床疫学教室の折笠秀樹教授に多大なお世話になった.ここに深甚の謝意を表する次第である.
第2章は,第1章の結果を踏まえ,パーキンソン病患者さんの治療を進めるうえで大切と思われることを自由に書かせていただいた.基本は各自にあったL—ドーパ製剤の飲み方を探すという点である.パーキンソン病には経過があり,それに従ってL—ドーパ製剤の服用量または服用回数を少しずつ増やしていかねばならない.殊にジスキネジアが出てからは,L—ドーパ以外の抗パーキンソン病薬は塩酸アマンタジンを除きすべてジスキネジアを悪化させる可能性があるものと考える必要がある.
第3章は,抗パーキンソン病薬の現状として,主な文献のレビューを行った.これは各抗パーキンソン病薬が,国際的にどういう評価を受けているかを自分で知りたかったことが一因として挙げられる.ここにはたくさんの二重盲検試験を紹介することになったが,対象薬が,対照薬より良い結果になっているものが多い.これは実際その薬を使用した経験とは合わないことが多い.それは1つには,二重盲検試験に選ばれる症例は,典型的な例が多いことによるのではないかと思う.実際の診療では数々の非典型例も対象としなければならない.
パーキンソン病の患者さんは少しでも良い治療を求めて,iPS細胞や遺伝子治療などの情報を求めるが,L—ドーパ治療が最も理にかなった治療法であることを伝えることが大切である.それに従って患者さんの変わりゆく反応を受け止め,治療にも少しずつ変化をもたせることが重要である.本書が,皆さまの外来診療の少しでも助けになれば望外の幸である.
2016年11月吉日
水 野 美 邦
目次
目 次
1.自験498例の長期成績
はじめに
方法
1 パーキンソン病の診断
2 初診時の対応
3 薬物治療の原則
4 運動症状に対する薬物治療の原則
A.L—ドーパ製剤
B.ドパミンアゴニスト
C.塩酸セレギリン
D.抗コリン薬
E.エンタカポン
F.ゾニサミド
G.イストラデフィリン
H.アマンタジン塩酸塩
I.ドプス®
5 非運動症状に対する治療
A.自律神経症状
B.感覚障害
C.睡眠障害
D.覚醒障害
E.不安状態
F.鬱状態
G.疲労
H.行動抑制障害
I.精神症状
J.認知症
6 各症状の半定量的解析
7 推計学的検討
結果
1 総数
2 多変量解析の結果
A.Hoehn & Yahr重症度
B.調査時の振戦,固縮,動作緩慢,歩行障害,後方突進
C.調査時のウェアリングオフ,ジスキネジア
D.すくみ足,幻覚,認知症
3 発症からの年数別解析
A.症例数,男女比,経過年数
B.初発症状
C.Hoehn & Yahr重症度
D.L—ドーパ使用量
E.L—ドーパ製剤を服用していなかった症例
F.ドパミンアゴニストの使用量
G.L—ドーパ製剤,ドパミンアゴニスト以外の抗パーキンソン病の服用者
H.調査時点での各症状
I.動作緩慢,歩行障害,後方突進についての発症年度別の重症度
J.ウェアリングオフ,ジスキネジア,すくみ足,幻覚,認知症
K.ウェアリングオフ,ジスキネジアの発症からの年数別の重症度
4 発症年齢別解析
A.発症年齢別症例数
B.発症年齢別初発症状
C.発症年齢別Hoehn & Yahr重症度
D.発症年齢別L—ドーパの投与量,投与回数
E.発症年齢別ドパミンアゴニストの使用状況
F.発症年齢別L—ドーパ,ドパミンアゴニスト以外の併用薬の使用状況
G.発症年齢別各症状の出現頻度と各症状の重症度
H.発症年齢別動作緩慢,歩行障害,後方突進の重症度分布
I.発症年齢別に見たウェアリングオフとジスキネジア
J.発症年齢別にみたすくみ足,幻覚,認知症
考察
まとめ
文献
2.発症機序に基づく治療の進め方
運動症状に対する治療の進め方
1 治療の進め方基本
2 不安の解消
3 パーキンソン病の原因
4 初期の治療,何を使うか
5 L—ドーパ製剤の用量
6 L—ドーパ製剤の飲み方の変更―食前投与
7 MAOB阻害薬またはドパミンアゴニストで治療を始める場合
8 それ以外の薬物で治療を始める場合
9 L—ドーパの効果不十分
10 ウェアリングオフとジスキネジアの発現機序
11 ウェアリングオフの治療: L—ドーパ製剤の頻回投与
12 ウェアリングオフの治療: 他の薬物を併用する場合
13 ジスキネジアが出た場合の処置
14 すくみ足が出た場合の対応
非運動症状に対する治療の進め方
1 自律神経症状
A.便秘
B.夜間頻尿
C.性機能
D.起立性低血圧・低血圧
E.食餌性低血圧
F.むくみ
G.発汗
2 感覚障害
A.嗅覚障害
B.痛み・しびれ
3 睡眠障害
A.入眠障害,中途覚醒
B.むずむず脚症候群
C.REM睡眠行動障害(RBD)
D.睡眠時無呼吸
4 覚醒障害
5 不安状態
6 鬱状態
7 疲労
8 行動抑制障害
A.病的賭博
B.病的買い物
C.病的食欲亢進
D.性欲亢進
E.薬物濫用
F.punding
9 精神症状
A.幻覚
B.妄想
C.興奮・乱暴行為・錯乱・精神症
10 認知症
日常生活での注意
1 家に帰ると急に引きずり歩行になる
2 1日10分歩く練習をする
3 2つのことを同時にやると転倒することがある
4 パーキンソン病ではやっていけないことはない
5 外に見聞にでかけよう
文献
3.パーキンソン病治療薬の現状
L—ドーパ
A.ウェアリングオフ・ジスキネジア
B.幻覚
C.薬物濫用とpunding
D.精神症
E.長時間作用型L—ドーパの開発
F.空腸内L—ドーパ注入
文献
抗コリン薬
A.抗コリン薬の役割
B.線条体アセチルコリン性ニューロン
C.ドパミンニューロン障害時の線条体アセチルコリンニューロン
D.Meynert核と大脳皮質のアセチルコリンニューロン
E.アセチルコリン受容体ブロッカーの認知機能への影響
F.アセチルコリン受容体ブロッカーのパーキンソン病への効果
G.アセチルコリン受容体ブロッカーの副作用
H.抗コリン薬使用に関する私見
文献
モノアミン酸化酵素B阻害薬
1 セレギリン塩酸塩
A.L—ドーパ未使用例に対する効果
B.L—ドーパ使用例に対する効果
C.維持量の問題
D.セレギリンと死亡率
E.すくみ足に対する効果
F.認知機能に関する影響
G.血圧に対する影響
H.選択的セロトニン再取り込み抑制薬(SSRI)との併用
I.カテコール—O—メチルトランスフェラーゼ阻害薬との併用
J.セレギリンと核医学
K.セレギリンと血小板ミトコンドリア
L.ザイディスセレギリン
M.パーキンソン病に対するセレギリン使用の私見
2 ラザベミド
3 ラサギリン
A.L—ドーパ未使用例に対する効果
B.L—ドーパ使用例に対する効果
C.非運動症状に対する効果
文献
ドパミンアゴニスト
1 プラミペキソール
A.L—ドーパ未使用例に対する効果
B.L—ドーパ使用例に対する効果
C.振戦に対する効果
D.鬱状態に対する効果
E.疲労に対する効果
F.病的賭博に対する影響
G.認知機能への影響
H.体重への影響
I.線条体ドパミントランスポーターへの影響
J.L—ドーパ血中濃度への影響
K.他薬物からプラミペキソールへの変換
L.進行を抑制する効果があるか?
M.副作用
N.プラミペキソールに関するまとめ
2 ロピニロール
A.L—ドーパ未使用例に対する効果
B.L—ドーパ使用例に対する効果
C.睡眠および早朝のオフ症状に対する効果
D.血中濃度
E.線条体フルオロドーパ取り込みに対する影響
F.徐放錠への切り替え
G.副作用
H.ロピニロールに関するまとめ
3 ロチゴチン
A.L—ドーパ未使用例に対する効果
B.L—ドーパ使用例に対する効果
C.睡眠と早朝のオフ症状に対する効果
D.非運動症状への効果
E.消化器系副作用に対する効果
F.心機能への影響
G.他薬物からの切り替え
H.疾患の進行に影響を与える効果があるか?
I.ロチゴチンに関するまとめ
4 アポモルヒネ
A.オンオフ,ウェアリングオフに対する効果
B.腰折れに対する効果
C.血中濃度
D.吸入用アポモルヒネ
文献
アマンタジン塩酸塩
A.抗パーキンソン病効果
B.ジスキネジアに対する効果
C.すくみ足に対する効果
D.衝動抑制障害に対する影響
E.認知機能への影響
F.PETによる検討
G.薬物動態
H.作用機序
I.副作用
J.アマンタジン塩酸塩に関するまとめ
K.その他のグルタメートアンタゴニスト
文献
カテコール—O—メチル転移酵素阻害薬
1 エンタカポン
A.L—ドーパ血中濃度への影響
B.臨床効果,ウェアリングオフのある症例
C.臨床効果 ウェアリングオフのない症例
D.ジスキネジアに対する影響
E.その他の検討
F.スタレボ®
2 その他のカテコール—O—メチル転移酵素阻害薬
文献
ゾニサミド
A.臨床効果
B.その他の作用
C.まとめ
D.まとめ
文献
イストラデフィリン
A.作用機序
B.ウェアリングオフのある症例への効果
C.ウェアリングオフのない症例への効果
文献
サフィナミド
文献
まとめ
索引