患者・医療者の診療記録共有 世界の流れと群馬大学医学部附属病院における取り組み
出版社からのコメント
お寄せいただきました書評をご紹介
京都府立医科大学放射線医学教室 教授
山田 惠 先生より
本書は単なる医療系の実用書ではありません。その内容は日本の十年後を先取りしています。つまりこれは未来の医療を垣間見る材料です。
日本の社会には父権主義的な文化が随所に息づいています。「プロに黙って任せるべしっ」といった無言のプレッシャーが社会の随所に存在するわけです。医療も例外ではありません。もちろん、この種の高度なプロ意識はすべての局面で悪だと言っている訳ではありません。時には好ましい効果を発揮することだってあります。例えば寿司屋で「おまかせで!」という依頼を発する時はむしろ愉快です。眼の前で展開される匠の技への期待が膨らみます。
しかし飲食と医療を同列で語ることは困難です。自分の体を完全に他人の判断にまかせてしまって良いと思っている人は少数派です。つまり医師の行う診断・治療に対して、患者は監視の姿勢を持つべきなのです。と言っても説明を求めるのに使用できる時間にはおのずと限界があります。そうすると不足する情報は、患者自身が能動的にうごく必要がでてきます。その際に、自らの診療録を閲覧可能であれば、どれほど有用なことでしょう。これはある意味、患者の権利だとすら言えます。
私のバックグラウンドを少し説明すると、大学病院の放射線部で責任者をやっています。ですので職務上、院内の様々な会議に出席しますが、中でも医療安全の会議は最も重要なものの一つです。そういった場で定期的に話題になるのが「画像診断レポートを患者に手渡しは行っても良いか?」という議論です。私の意見としては医療安全の役に立つのであれば、レポートは患者と共有すべき、というものです。ただし、ここには重要な限定条件があります。それは画像診断レポートだけではなく、電子カルテも同時に開示すべき、という条件です。このような意見を述べると多くの場合、会議室は静まり返ってしまいます。つまり医師には一般論として「診療記録の共有」を忌避する傾向があるわけです。
こういった姿勢の背景にあるのはカルテ開示へのいわれのない恐怖感です。自身の手の内がすべて白日の元に晒されることへの漠然とした不安感といっても良いのかもしれません。このように大多数の医師が消極的だった事業に対し、群馬大学は日本の大学病院としては初めて実行に移しました。その成果がこの書籍に詰め込まれています。私はこの本を読んで、そういう〈開かれた医療〉がすぐ目の前にやってきたのだ、という実感を持ちました。一人でも多くの医療従事者が本書に触れるべきだと思います。
内容
診療記録は究極の個人情報であり,決して医療従事者の私的な記録やメモではありません.国際的には診療記録を患者と共有する流れが進んできており,日本においても近い将来,患者が当たり前のように診療記録へアクセスしているかもしれません.そのとき,個人としても病院としてもカルテを患者に見せられますか? 患者参加型医療が叫ばれて久しいですが,具体的に何から始めたらよいのか,臨床医目線でも病院管理者目線でも有用な一冊となっています.
序文
序文
群馬大学医学部附属病院で発生した「腹腔鏡下肝切除術死亡8事例」については広く報道され、群馬大学医学部附属病院の診療体制に多くの不備があることがさまざまな形で指摘されました。これをうけて設置された「医療事故調査委員会」はすべて外部委員から構成されており、個別の症例の分析は「一般社団法人 日本外科学会」のご尽力によるものです。
ここであらためてお亡くなりになられた患者さんのご冥福をお祈りするとともに、ご家族の方々に深くお詫び申し上げます。また調査分析から提言まで、一連の調査に携わっていただいた皆様に深く御礼申し上げます。
一連の事故は患者さんにも多くの不安を与えたのみならず、院内の医療従事者にも大きな衝撃を与えました。群馬大学医学部附属病院の診療体制に不安があると感じていた職員は少なからずいたと思われますが、具体的に何をどのように改革すればよいのか、身近によいお手本があるわけでもありませんし、改革には多大なエネルギーを必要とします。
医療は、個々の患者さんのために施されるものであって、「患者さんが中心にいるべき」であることは自明であり、すべての医療従事者は「患者さんにとってなにが最善か」を基本に行動すべきです。しかし、概念として理解できたとしてもその実践は必ずしも容易ではないことを多くの医療従事者は知っています。
「医療事故調査委員会」は、一連の事故について分析するのみならず、再発防止のための提言を提示してくださいました。具体性のある提言であり、その後、群馬大学医学部附属病院ではこの提言を目標として多くの改革を実行してきました。提言のなかに「患者参加の促進」の項目があり、これはいわゆる「患者参加型医療」について述べられたものです。その内容は多岐にわたりますが、本書はこのなかから「患者さんとの診療記録の共有」について解説し、群馬大学医学部附属病院における実践についてお話しするものです。本気で考えれば、診療記録の在り方について本書のような結論にならざるを得ないのではないかと思っています。
謝辞
本書を構成するにあたり多くの方々のご協力をいただきました。
群馬大学医学部附属病院の「患者参加型医療推進委員会」の委員の方々、特に外部委員のお二人には多くの貴重なご意見をいただきました。
システムの構築については、群馬大学医学部附属病院のシステム統合センターにご協力いただき、実践においては医事課診療情報管理係に多大なご尽力をいただいています。患者さんに対するアンケートの実施と分析は、河村恵美 現看護部長(副病院長)によるものです。多くの患者さんから率直なご意見をいただきました。
群馬大学医学部附属病院の「患者参加型推進ワーキンググループ(WG)」のメンバーは、主に中堅あるいは若手の多職種のメンバーから構成されたものです。多くの具体的、実践的な意見交換ができたことはこの試みを成功に導くにあたって不可欠なものでした。本書で示した事例の多くはWGのメンバーが経験したものです。
みなさまに改めて御礼申し上げます。
目次
目 次
序文
謝辞
本書で用いる基本的用語
1 ● 患者参加型医療とは何か─ 21 世紀の医療と患者参加 〈小松康宏〉
背景
患者参加型医療とは
患者さんが自らの治療・ケアに参加する
患者参加型医療を進めるうえでの課題
2 ● 診療記録の共有をめぐる国際的状況 〈小松康宏〉
患者ポータル
診療記録共有“OpenNotes”
患者ポータルの利用や診療記録の共有が医療の質に与える影響と課題
わが国における診療記録共有と患者ポータル
医療産業の国際化とデジタル活用
3 ● 群馬大学におけるこれまでの経緯と診療記録の共有(積極的開示)の開始 〈斎藤 繁〉
4 ● 診療記録とはなにか〈対馬義人 小松康宏〉
法的な位置づけ
5 ● 診療記録の共有(積極的開示)の目的・正当性・問題点〈対馬義人〉
診療(記)録作成・保存・開示の法的義務
診療記録の開示請求による開示
診療記録の共有(積極的開示)の目的
診療記録の共有(積極的開示)の正当性
診療記録の共有(積極的開示)の実際的な問題点
診療記録の共有(積極的開示)を前提とした診療録、看護記録の記載
診療記録の共有(積極的開示)は本当に可能なのでしょうか
6 ● 診療録や看護記録のあるべき姿 〈対馬義人〉
7 ● 配慮すべき情報と共有(積極的開示)を求めることができる者〈対馬義人〉
すべてあますことなく開示すべきなのか
誰が診療記録の共有(積極的開示)を求めることができるのか、また拒絶すべき場合があるとすればどのような場合か
配慮情報
配慮情報機能
8 ● 検査結果などのハードコピーを患者さんなどにお渡しする場合の注意点〈対馬義人〉
コピーを患者さんにお渡しすることは推奨されるか
どのような注意点があるか
9 ● 診療記録の共有(積極的開示)の実際 〈対馬義人〉
10 ● 3 年間の記録─医師・看護師の意識変化と患者さんの声〈小松康宏 塚越聖子 対馬義人〉
医師の意識
看護師の意識変化
共有(閲覧)申し込み件数とアンケート結果
入院患者さんに対するアンケート
あとがき
付録
索引