─緒 言─
埼玉医大総合医療センター血液内科の渡邉です.私は今までに2冊の本を執筆させていただく機会を得ました.おかげさまで好評をいただき,多くの先生や医学生のお役に立てていることを嬉しく思っております.
この度3冊目の本の執筆の依頼がありました.今回は血液内科医としてではなく,問診と診察で多くの疾患を判断する機会があった自衛隊医官の経験を生かした本を書かせていただいております.
多くの診断学の本で「問診と診察で診断の70%は決まる」と言います.問診と診察の重要性を自覚し,そのスキルを磨くことを考えたのは医学生時代に『The History and Physical Examination Casebook』という本に出会った時でした.特に問診と疫学の重要性を認識し,その知識を高めたいと思いました.患者さんの訴えと状況を判断すれば,重要な疾患の確率がどの程度かは推測できます.一般の病院では診断確率を高めるために検査を行うわけです.しかし,自衛隊の救護支援や災害派遣での巡回診療などの現場では,自衛隊医官は検査が行えないために「診断的治療」を行うか「検査や治療などのさらなる対応ができる病院に送るか」を判断することが必要になります.
これは研修医の先生だけでなく,僻地医療に行くことになる先生やナースプラクティショナー(NP)などの方々は必要になると思います.初期研修医の先生はもちろんですが,後期研修医の先生は上級医に報告する際にどこまで自分の判断で行うか決めることが必要です.また,将来NPが医師の代わりに,ある程度の診断や対応をするとすれば,どこまでを自分の判断で行い,どこから医師に依頼するのか.僻地医療ではどこまでをこの診療所で行い,どこから後方の病院に依頼するのか.この判断が適切であればあるほど,患者さんもその診療を行う医師やNPも,後方の病院の医療従事者も幸せになります.
私はそのポイントは3つだと考えます.患者さんが何となく重篤であるということがわかる経験が1つ目です.経験はすぐには身につかないと思いますが,見た目の重篤感やバイタルサインの異常,その他の知識を駆使して適切に病院へ搬送する.「何かが変だ」と感じる経験,直感も一つのポイントだと思います.この経験の共有は「ケースブック」などが役に立つと思いますが,この本では扱いません.ケースブックは医療現場で使うには合わないからです.教科書は本質的に「知識・経験が足りない人がベースにする手順書」です.また,ベテラン医療従事者が「見落としを避ける確認書」になります.この本は1つの手順書として作り上げたいと考えています.
2つ目は正しい診断です.当たり前と言われるかもしれませんが,検査ができない場合は「正しい診断」まではたどり着きません.「重篤な疾患の可能性が高いから救急の病院へ搬送する」なら良いのですが,「可能性が0ではないので搬送する」のであれば,そこに医師がいる必要はないです.ワンステップ入ることで,搬送が遅れるだけ無駄です.ですので,一定レベルの判断基準がある医師やNPが僻地医療や在宅などの環境にいる必要があります.「胸部の締め付けられるような痛みが,労作時に誘発され,それは安静で消失する」ことが60歳代の男性に起きれば,90%以上の確率で冠動脈疾患があるとされています.この疫学データはアメリカのものですので,今の日本に当てはめることはできませんが,参考として「冠動脈疾患の可能性が高い」と判断してカテーテル検査ができる病院へ紹介するのは正しいと思います.一方,「胸部の締め付けられるような痛みが,時々起きます.誘発因子や改善因子はよくわかりません」という30歳代の男性では5%の可能性とされています.私は患者さんが訴える症状から「正しい疾患の可能性(どの程度確からしいか)」を考えられ,適切な対応をする助けになる本は僻地医療に関わる医師やNPの役に立つと考えました.このポイントを抑えるために,必要な疫学データとフローチャートを作ることが,医療現場では使いやすいのではないかと考えました.
3つ目の因子は「common disease」をどこまで自分の施設で行い,どうなったら専門家のいる施設である程度診てもらうかという判断だと思います.ベテランの医師の方々は,そういった基準をもっていると思います.全ての疾患を一人で診療するのは不可能です.自分たちができる範囲を限定してこそ,その中で自由に診療が行えると考えます.「正しい診断」と「一定の基準」があれば,全診療科の医師がその範囲内で,適切な対応ができると考えています.私は自分の基準が正しいかはわかりませんが,ガイドラインなどを参考にしながら,1つの基準を示せればと考えております.
私が自衛隊医官として経験した様々なことが,初期・後期研修医の先生だけでなく,僻地医療に携わる医師やNPの方々のお役に立てればと思っております.今後ともよろしくお願いいたします.
2019年3月
埼玉医科大学総合医療センター血液内科
渡邉純一
─推薦文─
この度,渡邉純一先生の3冊目の著書である『内科救急 ただいま診断中!mini』が上梓されました.本書は,「内科救急」と銘打っていますが,日常診療でよく遭遇する症状を中心に,その鑑別の具体的な方法と,まずなすべき処置について書かれた「内科診断学」の実践書と言えます.
「診断学」は診療の基本です.ある症候や検査値異常に遭遇した際に,鑑別疾患が思いつけばつくほど,当然ですが診断の精度は上昇します.正確な診断なくして,適切な診療はあり得ません.私が学生だった1970年代にはある高名な先生が書かれた「内科診断学」という定番の教科書がありました.今と違って,インターネットなどない当時は教科書から知識を得るしかないので,みんなこの教科書を用いて勉強しておりました.しかし,この定番教科書は1つの症候について,たくさんの表や文章の羅列により記載されており,重要なポイントがどこにあるかもわかりづらく,膨大な量の情報に四苦八苦した記憶があります.しかるに,渡邉先生による本書は自身の自衛隊医官としての駐屯地やさまざまな場面での豊富な臨床経験と疫学,統計学を駆使して1つの症候を診たときに鑑別すべき疾患を極めて簡潔に,かつ論理的に重要なものから記載してあります.さらに,項目の最後には,フローチャートによるまとめもついているので,知識の整理にも役立つように工夫されています.また,一般診療で大切なことはいわゆる「common diseases」をしっかりと診断し,治療できることとする渡邉先生の信念に基づいて基本的な疾患の具体的な治療が明快に記載されています.そして,専門的な疾患はいかに早く見切りをつけて専門医を紹介するかの判断も記載されています.
外来や病棟でBSLの学生や研修医の先生方と接していると,各論としての疾患はよく知っていても,系統立てて診断することが最近の若手は苦手かなと感じることが間々あります.患者さんを目の前にした時,私たちは自分の知識を総動員し,横断的に事象を捉える必要があります.本書は,自分が必要とする項目をどこから読んでもスムーズに内容が頭に入るように工夫されているので極めて実践的な診断学のテキストと言えます.純一先生のこだわりが詰まった本書が,若き研修医のみならず,僻地医療に携わっている医師やナースプラクテイショナーの方々など広く日常診療に携わる医療者を対象にしていることを考えると,時間に制限がある中に効率よく正しい知識を学習するのに最適の「内科診断学」のテキストとして推薦したいと思います.
2019年3月
埼玉医科大学総合医療センター血液内科・教授/診療部長
木崎昌弘