は じ め に
「医療者は病院を出よう!」
「地域で介護を実践しよう!」
「福祉にアートを!」
近頃、医療・福祉業界にいると、このような言葉をよく目にする。実際、病院や福祉施設という閉塞的な空間で、業務の枠に縛られ、時間的な余裕もなくケアが行き届かない現場に対して、もどかしい想いを持つ医療者も少なくない。そんな現状に対する不満が「病院を出て、地域でヘルスケアを実践していくんだ!」という医療者の動機を高めているのかもしれない。コミュニティナースとして街に出ていく看護師、まちなかで屋台を押す医師、駄菓子屋を併設する介護施設が次々と現れている。
「ケアとまちづくり」ブームが迫ってきているのだ。多くの医療福祉関係者が地域に注目し始めている。一方で、東京一極集中の是正のため、地方創生の名のもとに、全国各地で地域活動やアート活動が盛り上がってきていることは、医療福祉関係者がまちに出てくるのを歓迎してくれる雰囲気がある。
さて、どうすればいいだろうと、私たちは考える。まちなかで健康教室を開催すれば、診察室よりも時間をかけて丁寧に患者さんにアドバイスをすることができるんじゃないだろうか。「暮らしの保健室」のような、まちの相談所を開けば、病院には行きづらかった人が健康相談に来てくれるんじゃないだろうか。そんな「ケアとまちづくり」で、住民の幸せもケア従事者の貢献意識も満たすことができるのではないか。
でも、実際には「その一歩」を踏み出すことが難しい。そして勇気を出して新しいことを始めるべく「聖なる一歩」を踏み出せたとしても、その先どう歩いていけばいいのかが悩ましい。良かれと思ってまちなかで活動を始めるも、地域に受け入れられずに、挫折していく医療者もいる。
医療者が地域に出るときに、何を心がければいいのだろうか。どこにつまずきやすいポイントがあるのだろうか。
この本は、地域に医療福祉関係者が出ていくことの意義を考え直し、地域に出ていくにあたって、ちょっとした手助けになるような本である。「まちに出ていきたい」と考える医療・福祉関係者は地域の貴重な資源になりうる大切な存在である。つまずく!とわかっているあからさまな石ころに足を取られて、地域から退場してほしくはない。この本を傍らに置くことで、「つまずかずに済むための考え方とは?」というようになってほしいし、「まちに興味はあるけど、どうやって出ればいいのか」という方の背中を押す力になる本でありたい。本書の中にはたくさんの事例が出てくるが、なかには「こんな取組みをしていかなければならないのか……」と気おくれしてしまう例もあるかもしれない。一方で「これだったら私にもできるかも……」という例もある。まずは小さく、取り組みやすいところからまちに入っていってほしい。まちの中に医療・福祉関係者が普通に「いる」未来がくることを願っている。
二〇二〇年四月
公立豊岡病院組合立出石医療センター 医師 守本 陽一
株式会社ReDo 代表取締役 藤岡 聡子
川崎市立井田病院かわさき総合ケアセンター 医師 西 智弘
※ 用語として、本書で扱う「コミュニティ」とは、人と人とがつながりあい活動していく「集団そのもの」、を指しており、「ネットワーク」とは個々人またはコミュニティ同士の「つながりそのもの」、もしくはつながり合った総体としての「網目状(Web状)の連帯全体」を指す言葉として用いている。