監修にあたって
わが国においてエビデンスに基づく医療 evidence-based medicine(EBM)が広く実践されるためには,これをサポートする人的資源とシステムが開発されなければならない.
人的資源としては,一般に3つの職種が述べられることが多い.第1にリサーチナース〔治験コーディネータあるいはclinical research coordinator(CRC)ともよばれる〕,第2に生物統計学者,第3に生命倫理学者である.これらに加え,人的資源開発において忘れてならないのはリサーチライブラリアンである.
ここで,リサーチライブラリアンとは,古典的な司書業務にたずさわるものから,エビデンスの流通に関わる種々の業務にたずさわるものを広くカバーして指している.すなわちエビデンスにかかわるインフォメーションスペシャリストと考えることができよう.近年の急速な情報技術 information technology(IT)の進展を背景として,この領域の人的資源の再定義と教育のニーズが急速に高まってきた.
こうした背景のもと,平成10年(1998年)度厚生省厚生科学特別研究事業において,リサーチライブラリアン養成を目的とした教育プログラムとそのためのテキスト作成が調査研究として実施された.
本研究では,リサーチライブラリアン養成に関連して,研究デザインのあり方から,データベース,抄録などの情報の組織化についてのさまざまな論点を抽出し,リサーチライブライリアンの役割を新たに検討しながら,教育プログラムを開発することを主たる目的とした.本書は,本研究によって開発された教育プログラムと教材をベースに作成されたテキストである.
教育プログラム作成にあたっては,それぞれの領域について実務経験と知識を有する研究協力者からなる研究班を組織し,わが国における現状調査,諸外国で使用されているEBM関連の教育ツールや各種データベースの評価を行い,これらに基づきプログラム作成とテキスト執筆が行われた.
本序文の末尾に研究班メンバーとワークショップのプログラムを示す.
本教育プログラムの特徴の一つに,エビデンスを「つくる」,「つたえる」,「つかう」という基本構造の上に,デザインコア,情報コア,アクションコアの3つのコアについての知識と具体的手法の習得を目的とした内容を盛り込んだことがある.
すなわち,本プログラムでは,研究デザインの基礎,情報の流通,わが国の主要なデータベースについて学んだ上で,ハンドサーチをケースメソッドによるドリル形式で学習できる特徴をもつ.
こうして開発された教育プログラムに基づき,1999年3月23日(火)〜25日(木)の3日間,ワークショップが開催された.ワークショップは,班の主任研究者,分担研究者,協力研究者からなる10名のtrainerと準備運営スタッフ20名を中心に運営され,traineeは,東京都内の医科系大学・病院図書館の司書を中心とした25名であった.これらのtraineeは,本教育プログラムの最初の受講者であるとともに,プログラムの有用性についてのアンケート回答を要請された.ワークショップ期間中の議論やアンケート集計結果に基づき,本プログラムの評価がなされ,その内容が次のステップへの改善作業に資された.またtrainerにとっても他分野についての知識を得,さらに準備運営にあたったスタッフにとっても教育効果が大きいことが確認された.
第1回目のワークショップの対象者は,エビデンスを「つかう」に近いところに位置する医学図書館員を中心としたが,今後は,EBMに関わる情報にたずさわるもの全般として,エビデンスを「つくる」立場にある臨床試験のデザイナーや実施者,エビデンスを「つたえる」ものとしての臨床研究論文の執筆者,医学雑誌のエディター,出版社,メディア関係者,データベース作成・提供機関などをも対象として実施する必要があろう.
幸いにして平成11年(1999年)度以降も,厚生科学研究として「EBMを支えるリサーチライブラリアン養成に関する調査研究」が継続されることとなり,わが国におけるEBMを支える情報環境の改善へ向けてさらなる活動がなされている.
すなわち,構造化抄録の普及,医学文献の批判的吟味をより効率的・効果的に行うCritical Appraisal Skills Programme(CASP)などの教育のための方法論の確立,エビデンスの流通全体を見渡しての対象者を広げた教育プログラムの開発とワークショップの開催などである.
本テキストは,本プログラムの対象となった広い意味のリサーチライブラリアンだけでなく,医療現場のエビデンスのユーザーとリサーチライブラリアンとのコミュニケーションツールとしても広く読まれることを期待している.さらに,上述のように,EBMに関わるすべての情報関係者にとっても有益なものであると確信している.
最後に,研究実施の機会を与えていただいた厚生省大臣官房厚生科学課,健康政策局研究開発振興課および同医療技術情報推進室に感謝申し上げる.また,プログラム作成,テキスト執筆にご協力頂いた研究班メンバー各位,ワークショップ開催にご協力いただいたJANCOC,科学技術振興事業団(JST),医学中央雑誌刊行会(JAMAS),日本医薬情報センター(JAPIC),事務局として苦労された国際医療福祉総合研究所の古野博子氏に心からお礼申し上げる.また,本書出版にあたり辛抱強く編集作業を待っていただいた中外医学社の小川孝志氏に謝意を表する.
2000年7月
中嶋 宏