序
第2次大戦後の昭和23(1948)年,我が国では国民保険の市町村公営の原則が確立し,昭和25(1950)年には社会保障制度審議会の勧告があり,昭和32〜36(1957〜1961)年には国民皆保険が成立している.これらと連動するかのように我が国の健康指標(平均寿命,年齢調整死亡率,乳児死亡率など)は欧米諸国に比べ急激に改善し,20世紀の奇跡とまで言われ,日本の医療は世界の見本となると考えられてきた.しかし,現在の医療(医学)・福祉・保健を取り巻く状況は非常に厳しいものがある.O-157,HIV感染,Creutzfeldt-Jakob病などのような感染症と関連疾患の流行と対策の遅れなどの医療行政の問題点も指摘されている.また,人口高齢化による疾病構造の変化と労働人口減少による現行保険制度維持の困難性も指摘され,介護保険の施行運用も多くの問題をはらんでいる.一方患者の権利意識の向上もあり,治療内容の情報公開が求められ,医療ミス,医原病に関する訴訟も増大してきた.
このような状況の中で,臨床医学を実践する臨床医,医学研究者に求められるものは単なる直感や,あやふやな経験に基づく医療ではなく,明確な証拠に基づく医療活動である.つまり,医学界の大潮流となっているEBM(Evidence-Based Medicine)の実践である.
EBMのためにはevidenceの生成と利用が鍵である.特に信頼度の高いevidenceの生成は最重要課題といえよう.ICH(International Conference on Harmonization of Technical Requirements for Registration of Pharmaceuticals for Human Use: 日米欧医薬品規制ハーモナイゼーション国際会議)の合意(1996年5月)と医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令(新GCP: Good Clinical Practice),改正薬事法の施行(1997年4月)はEBMを大きく進展させる役割を期待されるが,あまりにも大きな改正のため医療現場が大きく揺れ動いているのも事実である.本書ではEBMのための新GCP(ICH)を考慮した臨床試験,臨床研究のあり方,進め方を実例と共に解説する.日本では欧米諸国に比べ,数少ないと言われている質の高いevidenceを生成するために,EBMの実践のために本書を医師,医療関係者に利用していただきたい.また,被験者となられる方にもインフォームドコンセント,患者の権利などは充分理解していただきたい.
内容のいくつかは著者らが雑誌「臨床医」に連載したものを加筆修正したものであるが,いくつかの章は新たに書き下ろしたものである.
また,本書は数名の著者で記述しているため,用語の統一,一冊の本としての流れの一貫性などには編著者,分担著者が細心の注意を払った.しかし,編集・校正期間が短かったため,不完全の部分があるやもしれない.この点に関しては読者の皆様方の忌憚のない御意見をいただきたい.
また,類似した図表が何箇所かに見られるが,これは1箇所にまとめるよりも,適宜必要箇所で参照できた方が煩雑さがなくなり,理解を助けるものと判断したので,そのような形式とした.これらの点に関しても読者の皆様方の御批判,御意見をいただきたい.
企画から,校正,編集に至るまで長期にわたり,ひとかたならぬ協力と激励をいただいた中外医学社の小川孝志氏を初めとする編集スタッフ一同には心から感謝を申し上げたい.また,資料収集整理,イラスト作成などにご協力をいただいた縣千恵子氏,縣千聖氏には最大の謝意を表したい.
1999年3月
縣 俊彦