刊行に寄せて
本書は東京慈恵会医科大学 環境保健医学教室の縣俊彦助教授の編著による.
縣氏はこれまでEBM(evidence-based medicine)に関する多くの著書を執筆しており,この分野で目覚しい活躍をしている研究者の一人である.現在,医療のあり方が社会的に大きな問題になっている.特に,患者さんが受ける医療の質が問われている.EBMは単なる個人的な経験に基づくこれまでの医療ではなく,質の高い臨床疫学研究で得られた情報(根拠)に基づいた最良の医療を患者さんに提供しようとするものである.しかし,EBMが広まるにつれ,いろいろな意味でEBMという言葉が使われている.また,EBMを取り巻く医学と医療のあり方も変容してきた.
これまでも臨床疫学研究は行われてきたが,研究の質が高く信頼できるものばかりではない.質の高い臨床疫学研究を行うには,適切な研究計画を立て,結果を信頼性のある方法で評価する必要がある.情報の収集方法によって研究の質や信頼性が変わることもある.これまで日本でも多くの臨床疫学研究が行なわれてきたが,信頼性の高いものが少なかった.また,臨床疫学研究の認識もそれほど高くなかった.しかし,東京慈恵会医科大学の創設者である高木兼寛は100年以上前に臨床疫学研究を行い,脚気の原因が食事にあることを示唆したが,社会的に認知されなかった.臨床疫学の方法は,薬物の臨床応用や新しい治療法を臨床に応用する時にも必要で,今,多くの人がその必要性を認識している.
臨床疫学研究にたずさわる人は,どのような場合にどのような方法を用いるのが妥当なのかなど,具体的なことを知りたいと思うことがしばしばある.普通の書物は系統的に書いてあるので,読者が疑問を解決するためには書物には書いていないより現実に即した具体的な説明が欲しくなる.
本書はまさにこのような要望に対応して書かれたものである.読者が疑問に思うであろうことを想定して的確に答が書かれている.自分が知りたいと思うところを探して読んでもいい.これまで刊行された著書とともに本書を読むとより理解が深まるのではないかと思う.
本書は単にQ&Aだけではなく,EBMの歴史やその意義,EBMをとりまく現代医療の問題点,医学に求められるものなどについても触れられている.単にEBMのQ&Aというだけでなく,医学と医療のあり方を考えさせられる著書である.座右において疑問が生じたら本書を参照するのもよい.この分野に興味をもっている多くの方に読んでいただきたい.
2002年12月
東京慈恵会医科大学学長 栗原 敏