序に変えて
本書は,今日の標準的な呼吸管理についての解説書である.呼吸管理のポイントを141項目にわたって取り上げ,呼吸管理を専門とする医師,理学療法士に執筆を賜った.
編者は,最近,医療訴訟裁判の鑑定を依頼される機会が増えた.鑑定書を作成するに当たっては膨大なページ数の裁判記録を熟読し,訴訟の原因となった治療行為の適否を判断する.裁判記録には,しばしば原告とその弁護士が世界の最高治療レベルを判断基準として取り上げて被告医師を攻め立て,被告医師はまだEBMのない治療は実施できないと,議論の応酬が繰り広げられる.事実,何をもって標準とするか,あるいは,どのテキストをもって標準とするか,は重大な問題である.臨床医の個人的な経験は基準にならない.一施設や学閥の流派的なノウハウも基準にならない.かといって,世界の最前線の文献も基準にならない.専門雑誌や単行本の記述が,しばしば「治療実施当時の標準的医療レベル」や論拠として引用される.しかし,しっかりした解説書に混じって,アンチョコな解説書や雑誌が同等に引用されていて,背筋に寒気を覚えることが少なくない.専門的な経験も浅く,基礎的な学問を修めたとは思えない臨床医の,明らかに手元の商業誌の解説文や特集を寄せ集めて作成したと思える文章でも,専門外の人達から見れば基準や論拠として通用するのが現実である.
本書の編集を中外医学社から仰せつかったとき,迷うことなく呼吸管理の「今日の標準的医療レベル」を目標に設定した.そして,筆者の選択にあたっては「絶え間なく新しい知識を取り入れ,学会や研究会で自らの考えを発表し多くの専門医の批判を受けている呼吸管理の現場の専門医」を条件とした.多忙な診療の中,時間を割いて執筆賜った論文であったが,ほぼ全原稿に対して編者から修正をお願いした.改めて非礼をお詫びするところであるが,甲斐あって非常にわかりやすく充実した解説書になったと思う.
各施設の呼吸管理の現場で,大いに参考にして頂き,呼吸管理の底上げと標準化に役立てて頂ければ幸いである.また,医療訴訟裁判の「今日の標準的医療レベル」としても参考にして頂ける内容であると信じている.
なお,タイトルに「最新の臨床」が付けられているが,「最新」が偽装にならないよう事情の許す限り,定期的な修正と追加を加えていく予定であることを付記しておく.
末筆であるが,本書の編集,刊行にご尽力を賜った中外医学社のスタッフの皆様に心から感謝を申し上げます.
2003年1月
編集者代表 丸川征四郎