序
同じ頭部のMRIの画像を目の前にしても,脳神経外科医と神経内科医では視点に大きな違いがある.すなわち前者では病変が外科的治療の対象になるかが中心になるのに対し,後者では病因論的な見方,つまり異常所見と症状との対応が大きな関心事となる.これはいうまでもなく大まかな「傾向」であって,日常臨床では該当しないことも多いが,やはり読影とその結果としての報告書の記載において,画像診断医には検査を依頼した側が脳神経外科をはじめとする外科医か神経内科を主とする内科医かを考慮することも必要である.日々頭部のMRIを前にしながら画像の見かたや所見の解釈のしかたに関してこのような見地からアプローチした書物があってもいいのではと考えていた.これが本書を世に出すことになった契機である.そして解剖学的に脳神経外科医と神経内科医の両者に説得力のある脳のMRIの読み方を可能にする一助となれば,というのが筆者の思いであった.
一見してわかるように本書は前半の正常解剖編と後半の病態編からなっている.前半の内容は読影に際し,依頼科にかかわらず把握しておきたい解剖学的事項である.したがって現在の一般的な装置でのMRI画像で描出され,各種病態の診断に必要な構造に重点が置かれている.これらは筆者のこれまでの臨床経験に基づき選択・記述した.よって「解剖」とはいっても系統解剖学や神経学の教科書の記述法とはやや異なる.MRIの立場から包括的に解剖を記したものとしてはすでに東北大学放射線診断科の高橋昭喜教授の編著になる「脳MRI 1 正常解剖」(秀潤社)という優れた教科書がある.
他方後半は主に病態に対応する局所の機能解剖の記述である.臨床的に遭遇する頻度が高い症候とその原因となる異常を極力多くの臨床例を呈示しながら解説した.この部分は2001年2月の日本医学放射線学会関東地方会セミナー「日常診療に役立つ画像診断」で「機能と症候による神経画像解剖」として述べた内容を土台としたものである.病変の局在を中心にした内容であることから個々の疾患のMRI所見に関しては画像の解説で触れるに留めた.これについては多くの既存の書籍に詳しいのでそれらを参照して頂ければと思う.
上述した当初のねらいに対し,出来上がった内容は必ずしも完全に合致するものではなかった.やや神経内科的な見地に偏ったきらいもある.これらについては筆者の力量不足によるものであり,ご寛容願いたい.ただ日常の読影に際して病変の局在を的確に判断し,外科系・内科系を問わず臨床サイドに充分な情報を提供する上で役に立ちうる内容を盛り込めたと考えている.また逆に各臨床科の諸先生にもMRI画像の解釈に際して本書が役立つことがあればと希う.
最後に本書の企画・制作に尽力頂いた中外医学社の小川孝志氏と久保田恭史氏に心から感謝申し上げます.
2002年1月
土屋一洋