序文
臨床医学において薬物療法が重要であることはあらためて述べる必要のないことであるが,薬物療法においては薬理効果に基づく適切な用法・用量の決定および薬物の副作用についての充分な知識が要求される.また,眼科臨床においては薬物処方に際し,経過観察,薬物療法と手術療法との選択が重要である.
薬物が臨床の場で処方可能となるまでには薬理,基礎,毒性試験,臨床試験に関する膨大な資料に基づいて薬事・食品衛生審議会において承認されることが必要である.個々の薬剤についてこうした資料に精通することは不可能であるが,臨床に最低限必要な情報は添付文書で知ることができるし,製薬会社は必要な情報提供システムを整備しているのでこうしたシステムを活用すべきである.薬物療法においてはプラセボー効果がある一方で有効率100%の薬物はない.抗アレルギー薬について臨床試験における有効率は70%程度である.抗生物質においても感受性菌が対象であっても臨床試験での有効性は90%程度であり,これには菌株の最小発育阻止濃度(MIC)の高低,患者のコンプライアンスなどが関係する.感受性のない,またはMICの高い菌に対しては当然効果がないため,臨床の場では薬物療法の効果の見極めと他の薬剤または療法の選択を常に念頭においておく必要がある.
近年,薬剤の承認は既存の薬剤に比較してより高い有効率を有する,既存の薬物にはない特徴を有する,患者のコンプライアンス向上につながるなどが基準になってきている.副作用については薬物の安全性面から評価されているが,既存薬との差別化が要求される新薬にあったては副作用も強くなる可能性がある.臨床試験では対象症例数がきわめて限られていること,薬剤そのものの有効性を評価するために可能な限り併用薬を排除して行われるので薬物の相互作用による副作用の評価は難しい.したがって,薬剤の承認に際しては市販後調査が申請製薬会社に義務づけられることが多くなっていることに加えて,臨床において薬物の不具合症状について報告する制度がとられている.個々の臨床医の数例の経験では,薬物による不具合症状であるのか否かが判定できないことが多いが,臨床医全体がこの報告制度の運用に参加することにより,データの集積ができ,いわゆる薬害の防止・拡大阻止ができることにも留意してゆく必要がある.
本書では臨床の場で役にたつ薬物マニュアルをめざし,薬剤の薬効と副作用の解説,診断がついた症例に対して,その疾患分野に造詣の深い専門家に病態に応じた処方についての執筆をお願いした.
以上の本書の刊行主旨を踏まえて本書は臨床の現場で使用しやすいように白衣のポケットに入れて持ち運びができる大きさとした.本書が日常臨床で有効に活用されることを祈念します.
2001年3月
編 者