序
インフォームドコンセントは1957年アメリカで生まれた法律上の言葉で,医師の説明義務に使われ,アメリカを中心に医の倫理,法理として尊重されるようになってきた.わが国では1980年代に医療面で生命倫理という言葉が使われ始め,インフォームドコンセントへの関心がたかまった.1983年医事法学会で医師の説明義務規範が示され,1990年日医の生命倫理懇談会(説明と同意)の報告,1994年に日本病院協会がインフォームドコンセントの院内掲示,入院案内の表記の指針がなされた.わが国では欧米と異なり,人権や自己決定権よりは,医師患者間の信頼関係を築くための重要な原則との考えが強い.1995年医療法改正ではインフォームドコンセントが医師,看護師,薬剤師,理学療法士,作業療法士等の医療担当者は「医療を提供するに当たり,適切な説明を行い,医療を受けるものの理解を得るように努めなければならない.」とされている.
最近,クリティカルパスが多くの病院で導入されるようになった.クリティカルパスの実施により,患者により良い医療を効率よく提供し在院日数も短縮される.患者の立場からは,入院時パスの説明を受けることにより,医療の流れを理解し安心して医療を受けられる.従来の医療では医師と看護師が主導権を持ち医療を行ってきたが,必ずしも完全な意思の疎通のもとに行われていたとは限らない.1995年の医療法改正により,すべての医療担当者にインフォームドコンセントが徹底することにより,医師と看護師のみならず,薬剤師,理学療法士,作業療法士等それぞれのパートで,パスはインフォームドコンセントに有用であり,その導入により職種間の相互の理解と連携が高まり,医療チームとしての意思の統一が可能となる.平成13年(2001年)4月からの診療報酬改定で急性期特定入院加算の条件の一つに入院診療計画の作成があげられている.これらの点からも多くの病院で独自のクリティカルパスの作成と実行が進められることが予想される.
さて,高度情報化社会が急速に進展しているわが国において,医師と患者関係が大きく変わりつつある.ITの普及で患者は医療情報の入手が容易となり,むしろ専門外の医師よりも患者の方が病気に詳しい事態もしばしば経験するところである.医師もうかうかしていられない.医療訴訟の多くは情報提供の不足や不充分なインフォームドコンセントに起因することが多い.すべてが契約社会の訴訟の多いアメリカでは,インフォームドコンセントは医師と患者の契約の基本である.残念なことに,わが国は欧米とまったく異なり,医師をサポートする専門的コメディカルスタッフが極めて少ない上に多忙すぎて,充分なインフォームドコンセントが必ずしも徹底していないのが現状である.しかしこのまま手をこまねいているわけにもいかない.病院中で最も多忙と言われている第一線の整形外科医がすべての整形外科的疾患について,適切なインフォームドコンセントを行うだけの知識を100%蓄えることは不可能に近い.
本書「整形外科インフォームドコンセントとパス」は,これらの多忙なプライマリーケアで働く第一線の整形外科医師の日常診療のために,まさに時宜を得た有力なサポーターと考える.近年整形外科領域の細分化と進歩により,多くの疾患について万遍なく,間違えなく対処することは困難である.本書は細分化,専門化のしわよせを補足するために,救急外傷から慢性疾患に至るまで,可及的に幅広い疾患を網羅した.
整形外科の代表的疾患について,患者のインフォームドコンセントを得るに必要な疾患の頻度,分類,手術のための解剖と診断のポイント,手術法の概略,治療成績,手術の危険度,合併症,予後,後療法,およびクリティカルパスを図や表を駆使し,可及的に簡潔に記載した.特に,治療成績や合併症に関する文献は現時点で最も権威のあると思われる文献データーに基づいた.インフォームドコンセントに際して,短時間に説明困難な場合には必要なページをコピーするなどして家族も含め後にゆっくり読んでもらい,納得させることも可能である.本書は整形外科臨床医一般のみならず,研修医,看護師,理学療法士,作業療法士等も対象とした.日常臨床の座右の銘となれば幸いである.
2002年11月
編者を代表して
松井宣夫