序
1983年に荒木力先生(現山梨医科大学教授)の指導のもとで東芝中央病院に設置されていた0.15テスラの常伝導装置で数例の肝腫瘤性病変の画像を撮像したのが,私にとって肝臓を中心とした腹部領域のMR診断の最初の経験であった.当時は静岡県立総合病院に勤務しており,なかには静岡からわざわざ来て下さった海綿状血管腫の方もおられた.84年4月に東大病院にもどり,導入された直後の0.35テスラの超伝導MR装置の肝臓への臨床応用に従事する機会に恵まれた.板井悠二先生(現筑波大学教授)の指導のもと,T2強調のスピンエコー像でやたらに高信号を呈する海綿状血管腫と肝細胞癌の鑑別診断をテーマとした.84年の北米放射線学会(RSNA)のWork in progressの演題募集の締め切りが迫り,鑑別診断の定量的指標として肝臓と腫瘍の信号強度比,T1値とT2値の3つの選択肢があるなか,TEの異なる2つの画像から計算されたT2計算画像が妙にきれいだったので,とりあえずT2値を計測したところ,80ミリ秒を境にみごとに血管腫と肝細胞癌が分かれてしまった.なんだかきつねにつままれたような気持ちだったが結局このテーマで北米放射線学会で3回発表することができ,その後医学博士も取得することができた.緩和時間のなんたるかもろくに理解していない私としては当時を振り返るとまさに冷や汗ものであるが,黎明期だから許されたことなのかもしれない.その後のMRIのハード・ソフト両面の進歩にはまさに目を見張るものがあり,ここ2〜3年間だけでも,夢の撮像法といわれたecho planar imagingを中心とした様々な高速撮像法,その臨床応用である拡散強調画像,functional MRI,そしてMR hydrography,高速撮像法の欠点を補うphased array coil,そして肝臓を主な対象とした臓器特異性をもったMR造影剤が次々と臨床に導入されている.
このような背景のもと,腹部領域のMR診断のテキストも従来のスピンエコー法で得られた画像を中心にMRIのコントラスト分解能を強調する第1世代から,先に述べた様々な新技術によって得られるX線CTに匹敵する空間分解能を有する画像を中心とした第2世代へと移行する必要があるとの認識に基づいて企画執筆されたのが本書である.したがって婦人科領域を含めた腹部臓器の正常解剖と代表的な疾患について,可能なかぎり最新の画像をもとに病理標本との対比を行いながら解説することに主眼がおかれている.本書をとおして一人でも多くの方が,腹部領域のMR診断に精通し,他の様々な画像診断法との使い分けに関する基準を構築されれば幸甚である.
おわりに,本書の企画,校正などすべての面で御世話になった中外医学社小川孝志さんと高橋洋一さんに深謝する.
1998年7月
大友 邦