序
小児の薬物療法は小児医療の中核をなすものである.しかし,成人に比し,適応や用量が明記されず(オフラベル使用),製薬会社も非採算性のため,関心をもつことが少なかった.40年もの昔のShirkeyのTherapeutic Orphanは今なお小児医療における新しい課題である.
明日の世界を担う小児医療のこのような現状を打破するため,1997年,クリントン米国前大統領の声明をきっかけに,小児の薬物開発の国際的な共同作業が進行中である(ICH topic E 11).我が国では大西鐘壽日本小児臨床薬理学会運営委員長の御尽力により,オフラベル使用の問題が行政レベルで取り上げられ,松田一郎日本小児科学会薬事委員長のもと,新しい小児の薬物開発ガイドラインも作成された.今後は米国のPPRU(Pediatric Pharmacology Research Unit)のようなネットワーク作りが必要であろう.
この本は2000年秋に久留米市で開催させていただいた第27回日本小児臨床薬理学会の開催に間に合わせて出版する予定であったが,刊行が大幅に遅れてしまった.早くから素晴らしい原稿を届けてくださった執筆者の方々には,申し訳ない気持ちでいっぱいである.しかし,お届け下さった原稿に目を通させていただくと,いままでにない本当に有用な小児の薬物ハンドブックができたと自負するものである.欧米にもこのような本はないと思う.
小児の臨床薬理学(発達薬理学)は成人の臨床薬理学にはない,発達という視点からのダイナミズムがあり,多くの魅力にあふれている.成人の臨床薬理学よりも,専門的な知識を要するレベルの高い領域といえよう.この本を読まれた若い方々が,発達薬理学に関心をもち,EBMによる小児の薬物治療を確立して欲しいと願っている.
この本は日本小児臨床薬理学会の生みの親である吉岡 一先生ならびに私に発達薬理学だけでなく,医学教育学,先天性代謝異常症,小児栄養,新生児スクリーニング,トータルケア,行動科学的アプローチ,POSなどの新しい医療,海外医療協力など多くのコンセプトを植え込んで下さった恩師,山下文雄先生に捧げるものである.
お世話になった中外医学社の荻野邦義氏ならびに上村裕也氏には貴重なコメントを頂いた.
最後に,盆や正月,土日もなく,ワーカホリックでほとんど家庭を顧みる余裕がなく,毎日,深夜帰りのbad husbandに少ししか不平をいわなかった妻ひでみにも感謝したい.
2001年10月
吉田一郎