序
1978年に米国デンバー市で開催された第2回国際発達スクリーニング学会において研究発表を行った際に,筆者は初めて地域支援community interventionという言葉を耳にしてこれを最も適切に表現する日本語を求めてしばらくの間考え続けていました.理由は1970年代の我が国において発達的リスク児を早期にみつけ地域で支援するという新しい考え方が普及していなかったので,専門家の方々に相談しても回答を得ることが困難だったのです.疾病の早期発見と治療は理解できても発達リスク児の早期発見は「治療しても治らない子どもを発見してもかわいそうだし,親の悩みを増大させるだけだ」として反対する意見は専門家と称される人々の間にも一般的でした.
しかし,今日では発達の縦断的研究成果が公表され,発達や障害の概念が変化するに伴って子ども時代,特に乳幼児期の発達や障害が固定されたものではなく,力動的に変化すること,子どもと環境との相互作用によって子ども時代の発達はいくつもの経路をたどって成人に至ることが明らかになっています.これらの事実は乳幼児期に定期的な発達評価を行い,特定の子どもの発達状態に適したタイミングのよい支援の必要性が認められるようになり今日に至っています.
本書はこのような時代的要請により,従来の発達検査とは異なって新しい観点から保健医療の分野で考案された発達スクリーニング検査(その具体例の1つとして日本版デンバー式発達スクリーニング検査--改訂版)と,その他の乳幼児期における発達スクリーニング検査,およびそれらの検査の結果から必要とされる支援に結びつく発達のみかたを述べてあります.具体的な事例もあげているので,これらを通じて発達の新しいみかたと支援方法の理解に役立つことを期待しています.
この本が,子どもの行動発達に関心をもたれる方々に広く読まれること,そして専門職者,およびそれを目指す学生,大学院生の方々には疾病,障害のあるなしにかかわりなく,個人としての子どもの発達状態と養育環境を的確に把握し,養育,教育,福祉にかかわる方々への助言,支援を行うときの参考になれば幸いです.
最後に,本書の出版に御盡力くださった中外医学社荻野邦義氏はじめ関係者の方々に謝意を表します.
2001年7月
編著者 上田 礼子