序
この度田尻久雄博士の労作“十二指腸内視鏡ハンドブック 基本からERCP・膵管内視鏡まで”が上梓されるにあたり,その序文を書かせていただくことは,私にとって非常な喜びであり,また大変光栄に思う次第である。
まず最初にこの度の上梓に対し、心からお祝いを申し上げるとともに,あらためて同君のこの間のご労苦に対し,敬意を表させていただきたい。
同君と私とは,私が防衛医科大学校教授在職中,無理にお願いして国立がんセンター中央病院から第2内科講師として赴任していただき,昨年私が同校を定年退官するまでの数年間,共に研究にあたってきた間柄である。
同君は昭和51年に北海道大学医学部を卒業後,臨床研修を経て,昭和52年より癌研究会付属病院にて消化管X線診断学,ついで昭和56年からは国立がんセンター中央病院内視鏡部において消化管内視鏡の研鑚を積まれたが,この頃より膵領域の研究に興味をもたれ,今回の上梓の基礎はすでにその頃築かれたものとも言える。防衛医科大学校においては消化管内視鏡全般に加えて,特に膵胆領域のグループのチーフとして臨床、研究とともに研修医,学生の教育にも熱心にあたってこられた。
同君は国立がんセンター,防衛医科大学校を通じて,消化管全般に亙っての幅広い臨床的研究を始めとして,腫瘍親和性物質を用いたレーザー内視鏡による癌の蛍光診断と治療,早期胃癌の内視鏡的治療の適応を巡る細かい検討,その手技の開発改良,さらには本書の大きい部分をなす膵疾患の研究に熱心にあたられ,特に膵癌の発育速度と進展様式,実験膵癌による発癌初期像の解明,加えて膵管内視鏡の開発,その臨床応用に積極的にあたられ,この領域に関して国内外の学会で発表された独創的な研究は数多く,いずれも高い評価を得ているのは周知のごとくである。
本書の内容は同君の長年にわたる一連の臨床的研究の成果に基づくもので,いま改めてこの間の同君の熱心かつ真摯な研究態度が思い起こされる。防衛医科大学校では平日は午後11時45分まで図書館が開館されているが,研究の合間を縫って,毎夜閉館近くまで,同君が図書館で熱心に文献を探索され,検討を続けられていた姿を懐かしく思い出す。
この度の本書の上梓は,これまであまりまとまった書物のなかった,十二指腸から膵さらに胆に焦点をあて,一冊にまとめられたもので,まことに時宜を得たものと思っている。
本書の各章は,大きく十二指腸内視鏡検査,ERCP,膵管内視鏡,胆道疾患に対する内視鏡的アプローチに分けられ,まずこの領域の基礎となる十二指腸内視鏡検査についてその基本が説明され,かなり珍しい症例にも触れた後,同君のもっとも得意とする膵・胆の内視鏡検査の実際が述べられている。いずれも,厳選された豊富な症例について精緻な写真と共に,詳細なシェーマが付され,簡にして要を得た記述で具体的に分りやすく解説されている。形態学を通して,疾患の病態解明と生物学的特性まで明らかにしたいというのが,同君を含め私共の哲学であるが,その考えがこの書物にもよく発揮されていると言えよう。
昨年同君は,防衛医科大学校から国立がんセンター東病院内視鏡部長という大変責任ある重職に栄転され,ここでまた大勢の医局員と共に,より高い立場から消化管疾患の幅広い臨床に当たるとともに,この領域の臨床的,実験的研究に一層励まれることとなった。ご承知のごとく同病院はがん研究のメッカであり,ここでまた同君が水を得た魚の様にますます発展されることを期待している。
今回の本書の上梓は,同君にとって,これまでの一連の臨床的研究の成果の決算であるとともに,また新たな研究の進展をめざしての一里塚とも言うべきものであって,同君のこれまでの臨床的研究成果のエッセンスを皆さんとともに本書で勉強できることは大変な幸せだと思っている。
是非とも本書を日常診療の場で有効に役立たせていただきたいと願っている。また同時に同君の新任地,国立がんセンター東病院における益々のご精進を期待して,本書の序文とさせていただく。
1996年3月
帝京大学客員教授 丹羽 寛文