序
消化管出血は,腹痛などとともに最も重要な消化器症状の一つである.またその程度も潜血反応で初めて指摘されるものより,ショックを伴う大量出血までさまざまである.消化管出血は上部消化管からの出血と下部消化管からのものに大別され,痔核よりの出血などを含めると,下部消化管出血も決して少なくはないが,重症度から考えると,何といっても上部消化管出血が重要である.本書では食道静脈瘤と胃・十二指腸出血を主に取りあげているが,最も頻度も高く,また重症例が多いためである.著者らが内視鏡を始めたころは,出血例に対し早期に内視鏡を行うことは思いもよらない事であった.早期あるいは緊急内視鏡の施行は本文でも何回かふれられているPalmerの功績が大であるが,その後わが国でも川井らの努力により,短期間に全国に拡がった.もちろん,これはほぼ同時期の細径パンエンドスコープの普及とも密接に関連している.また従来は禁忌とされていた,食道静脈瘤出血例への内視鏡も安全に行える時代となってきたのみでなく,止血法も種々開発され,緊急手術例の激減という現象をもたらしたのは周知の事実である.さらに下部消化管出血に対しての緊急検査の普及は種々の急性疾患の病像を明らかにするなど,小腸の診断に問題を残すとはいえ,消化管出血の診療に内視鏡の果たしてきた役割は極めて大きい.この「消化管出血内視鏡ハンドブック」はこれまでの進歩を集大成するとともに,これから緊急内視鏡に取り組もうという若手内視鏡医の手引書となることを意図として編集したものである.執筆者は,これまで内視鏡診断と治療に取り組んでこられ,なおかつ第一線で活躍中の方々にお願いした.その結果今日のわが国での内視鏡的止血法の全てを網羅した魅力的な本ができあがったと自負している.本書が日常臨床に役に立ち,さらに意欲的な臨床研究が試みられることを希望する.
1997年9月
西元寺克禮