序
2002年は、昨年9/11の事件以来,イラクと米国の対立の先鋭化をはじめ,北朝鮮の日本人拉致問題,インドネシアのディスコやケニアのホテル爆破など,国際テロと世界情勢に関する状況は悪化傾向を辿り,世の中に不安感がつのる中,本年度,ノーベル物理学賞に小柴昌俊氏,ノーベル化学賞に田中耕一氏,日本人お二人のノーベル賞受賞は,我々が手放しで喜べる明るいニュースであった.
田中氏の「生体高分子の同定および構造解析のための手法の開発」はポストゲノムの時代,プロテオミクスの到来に重要な機能蛋白質解析手段の基礎をなしたもので,医学研究のあらゆる分野がその恩恵に浴するものと思われる.田中氏の技術開発を誇りとして,わが国の医学界がその応用研究の上でも大きな実りを結ぶことを祈っておきたい.
本書は消化器領域各分野のそれぞれのエキスパートが,毎年,前年度の文献を中心に分担してレビューするとともに,折々のトピックスに解説を加え,斯学研究の流れと見通しの理解に役立つ情報を読者諸氏に提供することを使命としてきた.最近の医療の進歩に大きく貢献しているUS,CT,MRI,PETなどの画像診断は三次元から四次元画像の世界に移行しはじめた.高解像度ボリウムデータの応用は手術のシミュレーション,ナビゲーションシステム開発やロボットサージェリーなどによる遠隔医療を可能とするほか,高次元画像の応用は病態解明にも新たなパラダイムシフトをもたらす発見が期待される.しかし,画像はあくまでバーチャルである.病変の本質を理解するには,局所から得た組織・細胞などの資料分析による裏づけを必要とする.内視鏡は治療への応用開発が一段落した感がある.更に改良を加えて技術の向上,適応拡大への努力が払われると思われるが,画像診断の進歩に伴って検出される小病変の追及の一端に内視鏡がもつ生検機能も,益々,意義を深めると考えられ,生検技術の新たな開発が求められるであろう.一方,最近,開発されたカプセル内視鏡の応用についても,未だ文献は少ないが,世界の動向と今後の展開に注目しておきたい.
今後,分子生物学の進歩に基盤をおく遺伝子診断,遺伝子治療,その移植医療や再生医学などへの応用が進むと,自然や神から授かると考えられてきた生命,あるいは,生命体の概念を根底から揺るがす力を持つに至ると予期される.これらの研究には厳しい倫理規制が設けられているが,科学は急速に前進しつつある.人の生命倫理ばかりでなく,生態系全体,更に地球環境に対する責任など,より高い次元から倫理の問題を捉えた議論と総意の形成が,研究成果を無駄にしないためにも,一刻も早く準備される必要を痛切に感ずる昨今である.
文末となったが,ご多忙にも拘わらず,鋭意ご執筆を担当して下さった著者の方々,また,本書出版に惜しみない努力を傾けていただけた中外医学社の方々に深く感謝申し上げる.
2002年12月
編者一同