出版社からのコメント

お寄せいただいた書評をご紹介

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臨床の行き詰まりを解くもう一つの視点

志水太郎　獨協医科大学総合診療医学講座　主任教授

　大武陽一先生の『みんなの心療内科』は、心療内科を「すべての臨床医に必須の視点」として位置づける意欲的な一冊である。著者と評者は研修医時代の大阪・堺の総合病院の内科研修でともに寝食を共にした仲である。著者はその後も様々な濃厚な現場での研鑽を経たのちに地域にクリニックを開設した臨床家であり、自身の歩みを踏まえつつ心療内科の魅力と実際を平易に語られている。内科をベースにした本書は「心療内科への入口」として構成されている点が特徴的である。冒頭で著者は現代医療において、患者さんの訴えの背景には身体的要因のみならず、心理社会的要因が複雑に絡み合っていることを記している。こうした認識のもと、本書は臓器中心の教育では見落とされがちな側面を、臨床医に必要な「もう一つの基礎体力」として提示する。このような視点には同じく内科医である自身にとって非常に納得感のあるものである。特に本書の核心となるのは「病態仮説」の概念である。著者は心療内科では必ず患者の病態に関する『病態仮説』を立てることの重要性を述べ、患者と共に納得できる説明モデルを構築することの重要性を繰り返し強調する。その際、「病態仮説のキモは『医学的に矛盾がなく、患者が十分に理解・納得できるもの』を一緒に構築すること」（p.15）と明快に整理しており、実践的な診療指針としてまさに痛快であり、有用である。単なる病名告知ではなく、患者の人生文脈に沿った説明を共有する姿勢が、本書全体に一貫して流れている。
　また、心身症の理解に関しても“心身症は精神疾患ではなく身体疾患である”（p.19）と強調される。過敏性腸症候群や片頭痛など検査で異常が見つからない機能的心身症から、糖尿病や甲状腺疾患といった器質的心身症まで幅広く紹介されており、心療内科が決して特殊領域ではなく、日常診療の中で頻繁に遭遇する病態であることを実感させる。
　さらに第2章以降では、過敏性腸症候群、機能性ディスペプシア、慢性疼痛など臨床でよく出会う疾患・病態を取り上げ、心理社会的要因との関連や具体的な治療アプローチが解説されているなど、地に足の着いた本書の実直な内容を裏付けている。　
　治療法の章も読み応えがある。認知行動療法、動機づけ面接、マインドフルネスといった心理療法の解説に加え、「プラセボ効果を最大限発揮し、ノセボ効果を最小化する方法」（p.154）といった臨床現場に直結する知見まで扱われている点は、非専門医にとっても示唆に富む。また、「AI時代の心療内科的活用術」（p.181）と題するコラムでは、技術の進展を踏まえた応用可能性も論じられており、未来志向の視点も加えられている。
　総じて本書は、心療内科を「心理療法を用いる内科」として、病態仮説を中心に臨床応用や心理社会的要因の理解、患者との関係性構築の方法を解説している。著者の、心療内科は決して特殊な診療科でなく、すべての臨床医が心療内科的な視点を持つことで、医療全体の質の向上に貢献できると要約されうるメッセージは、そのまま本書全体のメッセージを象徴する。本書は、日々の臨床に迷いや行き詰まりを感じる医師にとって、診療の新しい視点を与える良書である。患者の全人的理解を志す医療者に強く薦めたい。


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　本書は、心療内科の診療の核心を、専門外の医療従事者にも分かりやすく解説した一冊です。精神科との違いを明確にし、長年の経験から培われた著者の知見が凝縮されています。
本書の最も重要な概念は、「病態仮説」です。これは、患者の身体的・心理的・社会的な側面が複雑に絡み合って病態を形成するという、心療内科の基本である生物心理社会モデル（BPSモデル）に基づいています。過敏性腸症候群や片頭痛など、さまざまな心身症のケースがこの「病態仮説」として提示され、その背景にあるストレスや心理社会的要因が詳細に分析されています。治療の成功には、患者と医療者がこの仮説を共有し、共に理解を深めることが不可欠だと本書は強調します。また、この仮説はエビデンスに縛られず、治療の過程で柔軟に変化しうる点も特徴です。
　心療内科の治療は多角的かつ包括的です。本書では、薬物療法や漢方薬に加え、さまざまな心理療法が紹介されています。動機づけ面接（MI）、認知行動療法（CBT）、自律訓練法、マインドフルネス、そして基本的な支持的精神療法など、患者の状態や生活背景に合わせて柔軟に組み合わせることで、最大の効果を引き出すことを目指しています。
　さらに本書では、心療内科の診療における多職種連携の重要性を繰り返し述べています。患者のQOL向上を究極の目標とし、身体と心の両面から患者を支えることの重要性が本書全体を貫いています。また、未来の可能性として、予防医療や診断支援におけるAI活用についても言及されており、個別化された医療提供への期待が示唆されています。
　心療内科の治療の最終目標は、単に症状を取り除くことではありません。本書が印象的に語るのは、患者が「心療内科を卒業」し、自らの健康を管理してより質の高い人生を送るための支援です。このプロセスは、患者が自己コントロール能力を獲得し、心身の健康を維持できるようになることを目指す、段階的なアプローチとして説明されています。
　本書は、心療内科の複雑な概念を平易な言葉で解き明かし、患者中心の全人的医療を提唱する画期的な書です。心身のつながりを理解し、より良い治療選択を行うための指針を求める全ての人にとって、必読の一冊と言えるでしょう。


国立健康危機管理研究機構　国立国府台医療センター
副院長/心療内科　河合啓介