序
循環器病学は日進月歩である.病態学,診断学,治療学は5年経つとすでに古くなって改訂が必要になる.
本書は1988年に刊行された「心臓病と運動負荷試験」を基にして,アップデートに大幅な改訂を加え,不要と思われる部分を削除して,書名も「運動負荷試験入門」と変えて出版に至ったものである.「心臓病と運動負荷試験」は初版が上梓されてから,すでに13年になるが,その間幸いにして循環器病学を目指す多くの若手医師やコメディカルの方々から好評をもって迎えていただいた.運動負荷試験は循環器を専攻する医師が,まず取り組まなければならない最も身近な診療分野であるにも関わらず,それまで啓蒙的かつ包括的な日本語の専門書がなかったことが,本書が長年にわたって受け入れられた理由ではないかと考えている.
運動心臓病学exercise cardiologyは比較的完成された領域で,5年ごとに大きな進歩がみられるという世界ではないが,しかし初版以来13年が経過すれば,現状に合わなくなったところがここそこにみられるようになった.また運動心臓病学の領域でも,運動負荷心電図の自動解析は完全に日常診療の中に取り入れられたし,当時まだ数少ない施設でしか行われていなかった心肺運動負荷試験は,新しいコンピュータ化された呼気ガス分析装置の開発・普及に伴って,今ではどこの施設でも行えるルーチン検査になりつつある.
最近の診断機器の発達,生化学検査の迅速化によって,日常診療の中で病歴・身体所見や基本的検査が疎かにされるようになったことを気にしている.近年,冠動脈造影検査は非常に身近な検査となっており,それによって虚血性心疾患のすべてがわかると考える傾向があるように思われる.確かに冠動脈造影は虚血性心疾患のgolden standardであるが,だからといって運動負荷試験のような基本的な検査が疎かにされるべきではない.心臓病は単に形態的な異常のみならず,機能的な異常を伴う疾患であり,循環系に何らかの侵襲を加えて初めてその異常が検出できることが多いからである.生体に対する侵襲の中では運動がもっとも生理的である.その意味でも運動負荷試験は将来とも循環器病学の重要な一領域として,循環器専門医のみならず,内科医としても一度は経験しなければならない検査である.
本書が内科医や新たに循環器を専攻しようとする医師のみならず,コメディカルをも含めて,入門書として皆様のお役に立てば望外の幸せである.
2001年6月吉日
齋藤宗靖