武器としての神経症候・高次脳機能障害の診かた 高次は地味だが役に立つ
稲富雄一郎 著
B5判 324頁
定価9,240円(本体8,400円 + 税)
ISBN978-4-498-42826-3
2025年04月発行
在庫あり
武器としての神経症候・高次脳機能障害の診かた 高次は地味だが役に立つ
稲富雄一郎 著
B5判 324頁
定価9,240円(本体8,400円 + 税)
ISBN978-4-498-42826-3
2025年04月発行
在庫あり
曖昧なことのほうが面白くはないですか?
「高次脳機能・神経心理・神経症候は難しい」を打破するために,診療に臨む著者の頭の中を出来うるかぎり言語化して生まれた本です.そのため,救急や内科外来における時系列に沿ったリアルな症例(第2部:症例編)を軸にしています.しかしながら,症例に臨む前に最低限の準備は必要です.第1部:準備編で適度な理論武装を求めています.症例から診断に迫る過程では,現時点の知識では太刀打ちできない壁にぶつかることと思います.そんなときは,第3部:スキル編(もしくは第4部、第5部)に飛んでください.症例編とスキル編を行ったり来たりすることで,自分の中の知識が日常診療で役立つ武器にまで昇華してくることを想定しています.難解な領域ですが,多くの臨床医にとって,“意外に”役立つ一冊です.
はじめに
この本があなたに役に立つ理由
まず,この本を手にとって頂いたことに感謝します.
あなたはどのような思いで,この本を手に取られたのでしょうか? 勤務されている病医院の限られた人的・物的資源の中で,自身の医療ミスを心配しながら,日々悪戦苦闘なさっておられるのかもしれません.神経症候,特に高次脳機能障害は教科書を読んでも難解,しかも近年は超急性期治療で慌ただしく,短時間で診察しなければならない.神経専門医や専門施設紹介,MRI実施もハードルが高い……
実は,筆者もそうです,30年も救急病院で脳神経内科医をやっていながら,です.全ての患者さんにMRIを撮って,入院させるわけにはゆきません.後ろ髪引かれる思いで病院を後にし,寝るときまで引きずる,そのような毎日です.
ともあれ,知識武装です.ときに神経診断学の教科書は,すでに世の中にたくさん出版されています.その中にはご高名な先生が書かれた,いわゆる鉄板の名著も,これまたたくさんあります.
それにも関わらず,平凡な筆者が新たにこのような本を書いたのには,理由があります.そしてそれはひょっとすると,あなたがこの本を手に取ってくださった理由と,共通するところがあるかもしれません.
問題は情報氾濫ではなく,使えるように整理されていないこと
世の中に情報は氾濫しています.まとめサイトのようなものも沢山あります.「オールインワン」なんてありません.神経診断学も同じです.筆者の私がこんな本を書いた,まだ追加すべき情報があるのか,と/ウンザリされているかもしれません.
いや,問題の本質はそこ「情報の多さ」ではないと考えます.「本当に必要な情報は何か」,あるいは「情報をどう使えるようにしたら良いか」,つまり情報は整理,編集しなければ役に立たない,ということなのです.
一例をあげます.これは2019年に実施された,第113回医師国家試験D問題の第32問です.
65歳の女性.2年前から物の名前や言葉が思い浮かばず,ろれつも回りづらくなり,会話がたどたどしくなってきた.1年前から徐々に右手の動きがぎこちなくなり,ボタン掛けや箸使い
が困難になってきた.最近,右手が勝手に動き,自分の意志では制御できなくなってきたため受診した.意識は清明.身長153 cm,体重43 kg,体温36.1℃,脈拍72/分・整.血圧118/68 mmHg.改訂長谷川式簡易知能評価スケール19点(30点満点),Mini—Mental State Examination(MMSE)22点(30点満点).発語は努力性で非流暢であり,発音も明瞭ではないが,言語理解は保たれている.右上肢には衣服をまさぐるような動きが断続的にみられ,制止を指示すると自らの左手で右手を抑制する.右上肢には高度の筋強剛がみられるが,左上下肢の筋緊張は正常である.筋萎縮や振戦は認めない.四肢の腱反射は正常で,Babinski徴候を認めない.歩行では右下肢の振り出しに遅れがみられる.頭部MRIのT1強調冠状断像を別に示す(所見は左大脳半球に強い脳萎縮).
最も考えられるのはどれか.
A:Parkinson病 B:前頭側頭型認知症 C:Alzheimer型認知症
D:特発性正常圧水頭症 E:大脳皮質基底核変性症
試験慣れしている人のテクニックがあれば,以下のような思考過程でしょう.「右手が勝手に動き→他人の手徴候だな,皮質基底核変性症か,脳梁疾患.冠状断が出るなら正常圧水頭症の脳室拡大+脳溝狭小化か,皮質基底核変性症と進行性失語の時の左右差のどっちかのはず.Eの一択,楽勝!」
ですが,もし現実にこの患者さんが来院したら,こんな風ではないでしょうか.
研修医 「今日はどうしましたか?」
患者 「どがんなか」
研修医 「ご家族からみて,どのようにおかしいと感じましたか?」
家族 「何さまおかしか,手がなんかね,説明でけんっとたい」
研修医 「手の様子がおかしいそうです.診察しましたが手は握れます」
指導医 「もういっぺん行ってこい」 (令和の今日,パワハラ認定ですね)
研修医 「もう少し具体的に説明してもらえませんか」
家族 「おかしかもんはおかしか,そいをどがんかすっとが先生の仕事やなかと?」
リアルワールドでは,情報は受動的には提供されません.他人の手徴候も皮質基底核変性症も,突然ひらめきませんし,他の鑑別症候,疾患の可能性も.敵は巨大,否,大きささえも検討つきません.何が足らないのでしょうか?
知識やスキルを「武器」として使えるように準備しておく
実は本当に難しいことは,膨大な知識/スキルを記憶/習得することではなく,知識/スキルにより? 病歴,所見収集,? 症候抽出,? 責任病巣推測,? 鑑別疾患列挙/特定を行うこと,つまり使い方の問題なのです.さらに言えば,時間がないこと.超急性期,あるいは複数患者の同時対応などで,短時間で判断しなければならないということです.
筆者は,救急病院生活30年あまり,入院患者25,000人,うち主治医として5,000人を診てきました.数は診ましたが,たくさんの失敗もしてきたし,気づいてない見落としはさらに多かったと考えます.多くのstroke mimic=ニセ脳卒中,stroke chameleon=かくれ脳卒中,にだまされてきました.初期研修医の先生達にも,未熟なコーチングで申し訳なかったです.それでも失敗も数を重ねると,それなりにわかってきたこともあります.
この本では,筆者のような凡庸な医師でも,知識やスキルを「武器として使えるように準備しておけば」,高次脳機能障害を伴うややこしい神経疾患の急性期診療も,かなりのところなんとかなる,ということをお伝えしたい,と考えます.
目 次
動画・音声視聴方法
はじめに
本書の構成と読み方
本書のメッセージ
略語集
第1部 準備編
第1節 脳神経内科の診断法
第2節 当院の診療体制
第3節 当科の超急性期再灌流療法適応基準
第4節 超急性期画像診断
第5節 SPECTの見方
第2部 症例編
第0節 「症例編の歩き方」
第1章 一般神経症候
第1節 麻痺/感覚障害
001 危なくrt—PAを打つところだった片麻痺(1)
002 危なくrt—PAを打つところだった片麻痺(2)
003 DWI陰性で帰宅させた後に再増悪した片麻痺
004 「転んで肩が上がらなくなった」のではなかった
005 脳塞栓ではなかった日中突発の単麻痺
006 ハウス作業中(気温33℃)のふらつき
007 突然の片麻痺,しかし頭部MRIでは陳旧性病巣のみ
008 突然の歩行障害,しかし片麻痺はごく軽度,頭部MRIも異常なし
009 突然の片麻痺,しかし“DWI”は異常なし
010 rt—PAを打った片麻痺,構音障害
011 rt—PA静注中の昏睡
012 急性発症の両下肢脱力,Guillain—Barré?
013 “Guillain—Barré”が治らない
014 “麻痺対側”には病巣がなかった片麻痺
015 繰り返す手のしびれ,脱力,TIA診断で二次予防?
016 片麻痺対側に硬膜下血腫.除去術は?
017 rt—PA静注1時間後のMRIで冷える
018 らしくない病歴,らしくない病変
019 タップテスト後に歩行障害悪化,本当に正常圧水頭症?
020 突然片麻痺+低酸素血症.脳も肺も異常なし
021 尿閉3日後,突然の起立困難
022 「突発」,髄節性感覚障害,病巣は楔型→本当に鑑別一択?
第2節 意識障害
023 実はcode stroke対象であったJCS III—300
024 しゃべらなくなったが,DWI異常なし
025 JCS III—300からの意識回復.第一声に絶句
026 突然眠り込み.目が覚めると別世界,夢の続き?
027 寝てるだけ?(1) MRIも血液検査も異常なし
028 寝てるだけ?(2) 入院後も繰り返す昏睡
第3節 けいれん
029 けいれんの治療は奏効.翌日気づいた見落とし
030 けいれんは止めた,しかし真実は“ベール”の向こう側に
031 初発のけいれん,DWIは陰性,だが
032 小脳性てんかん?
033 難治性けいれん(1) MRI異常なしも,遷延2か月
034 難治性けいれん(2) 1日に100回起こるけいれん?
035 難治性けいれん(3) 奇妙なけいれん
036 難治性けいれん(4) まさかの疾患
037 けいれん頻発,ER玄関でも再発.患者の手を取って気づく
038 心因性けいれん? と思いきやの無呼吸発作
第4節 頭痛
039 帰宅させた頭部違和感の患者が帰ってきた
040 帰宅困難の頭痛,翌朝病室で急変
041 頭痛で受診した3日後にCPA
042 くも膜下出血? じゃない?
043 運動失調も続発したのに,病巣が見つからない頭痛
044 突発頭痛,MRI正常,しかし面会家族は気づいた
045 眼精疲労で紹介.眼科医から想定外の返書
046 頸損,4時間後の昏睡
047 排便後の激烈な頭痛
048 頭痛,眼瞼下垂の翌日に昏睡
049 「頭痛で目が開けられません」「!」急ぐ理由
050 眼痛,ふらつき.想定外の疾患
051 「首に拍動痛が……」「エコー当ててみましょう,うわっ!」
052 動くと頭痛がする
第5節 めまい
053 単なる突発性難聴ではなかっためまい
054 めまい+脳神経症候,だが病巣が合わない
055 帰宅としためまい,2日後に昏睡で帰院
056 発症4時間後に病室で昏睡,呼吸停止しためまい
057 めまい発症の2時間後に除脳硬直
058 それから25年,助けられるようになっためまい
第2章 高次脳機能障害
第1節 言語
059 話し言葉が遅くなっただけ?
060 たしかに口数は減ったが,それなりに会話は成り立つ
061 「ちょっと何言ってるかわからない」
062 けいれんの翌日,上機嫌なのに喋らない
063 「耳が聞こえない」だけをひたすら連呼
064 毎回同じ話,本当に元キャラ?
065 失語なのに梗塞は側頭葉内側?
066 失語なのに梗塞は小脳?
067 病巣のない失語,1年後にわかったこと
068 ラクナ梗塞で失書?
069 役所で自分の名前が書けない.
070 人の名前が出てこない,本当にそれだけ
071 パソコンが使えない
072 突然言葉が出なくなった20代,男子学生
073 閃輝暗点,失語を伴う頭痛が突如頻発,片頭痛?
074 失声.心因性?
075 失語なのに病巣は右
076 右利き右病変で失語,前回は左病変で失語
077 血腫除去術後の一過性失語,TIA?
第2節 認知
078 突然,色々と様子がおかしくなった
079 目の前にあるのに「自分の靴はどこか」
080 まんじゅうこわい? いや病院食が怖くて食べられない
081 「4人いる!」
082 「ボールペン? 字を書くものでしょ,えっ,これが?」
083 徘徊,「とても回復期は無理」?
084 不思議の国のアリスの世界
085 自分の手でない(1) 左手が自分の手の感じがしない
086 自分の手でない(2) 左手を持つ時だけ,右手が自分のでない感じ
087 目が合わない,いや目が合わせられない
088 片側病変で生じた,「原則両側」病変で起こる症候
089 自分の手でない(3) 風呂上がり,バスタオルの中から他人の手
090 ポストおじさん
091 面会謝絶なのに,夜中に娘がやってきた
092 懐かしい風景
093 話してもわからないが,×××ならわかる
第3節 行為
094 風呂上がりにボーっとしていた,湯あたり?
095 自分の手でない(4) 左手が不器用になった
096 自分の手でない(5) ひげ剃りが使えない
097 自分の手でない(6) 「右手が言うことを聞かない」,え,そっち?
098 自分の手でない(7) 左手が勝手に動く
第4節 記憶,前頭葉機能,他
099 ここはどこ?
100 「一晩寝たら,朝には治ってますよ」で帰宅可?
101 事故後聴取でかみ合わない,混乱? 言い訳?
102 それでもKorsakoff症候群はある
103 健忘.10年後に気づいた病巣
104 急性発症の認知症と,もう一つの症状
105 うつ?
106 「グリーンにホールがない」の苦情で発覚
107 不穏から1か月で失外套
108 drop armテストで顔をよけるから,身体症状症?
第3部 スキル編
はじめに
「多元主義」のすすめ
第1章 症候別初療時対応
第0節 全般的注意
第1節 一般神経学的所見
1 麻痺/感覚障害:脳「じゃない」を疑う
2 意識障害:III桁と聞いたら,脳底動脈閉塞と思え
3 けいれん:非てんかん性けいれんと非けいれん性てんかんを見抜こう
4 頭痛:「今まで経験のない」なら帰さない
5 めまい:1時間以上待たない
第2節 高次脳機能障害
0 全般的注意 スクリーニングは困難,でも時短ならできます
1 言語:課題結果でなく要素的言語症候で分ける
2 認知:絨毯爆撃ではなくセミ・ピンポイントへ
3 視覚性認知障害の分類
4 行為 「行為障害は,他症候の顔をしてやってくる」
5 記憶:健忘ならルーティン,ただし作話にはだまされない
6 前頭葉機能障害:早めの継投策で
第3節 問診チェックリスト「かいしはせかす」
第4節 主訴—鑑別症候リスト
(1)口数が少ない
(2)ものがうまく持てない,使えない
(3)家事,仕事がうまくできない
(4)物の見え方がおかしい
(5)見た物が何かわからない
(6)いないはずの人がいる
(7)声が聞こえていないよう,あるいは聞こえない
(8)自分の手ではない
(9)会話の内容がおかしい
第5節 うまい再現ドラマの作りかた
第6節 それでもという方のための「高次脳機能障害スクリーニングin ER」
第7節 診察リュックの中身 百均で調達
第2章 局在診断のための神経機能解剖学の基礎知識
第1節 脳表から見た脳回と脳溝
第2節 水平断で見た脳溝と脳室
第3節 水平断でわかる脳回,白質,基底核
第4節 高次脳機能障害 症候—病巣対応表
第5節 高次脳機能障害の責任病巣 水平断
1 失語の要素的言語症候局在
2 半側空間無視の責任病巣
3 記憶障害の責任病巣
第6節 視床の機能解剖
第7節 脳幹の機能解剖
第8節 大脳の血管支配と境界領域
第9節 視床,脳幹,小脳の血管支配
第10節 脊髄の血管支配と機能解剖
第11節 てんかんの画像所見 病巣の意義
第12節 中枢神経系炎症性疾患で行う検査
第13節 急性神経疾患DWI病巣の考え方 脳梗塞との鑑別
第14節 主訴—症候不一致時の考え方 症候—病巣不一致時鑑別疾患リスト
第3章 高次脳機能障害学 ステップアップのために
第1節 高次脳機能障害の診断,評価プロセス
第2節 神経心理学的評価ツール一覧
第3節 推薦図書
第4部 Q & A編
Q1.どのような患者を脳神経内科医にコンサルト,他院に紹介したらよいでしょうか?
Q2.全て入院させるには限界があります.どのような患者を帰宅させたらよいでしょうか?
Q3.自施設でできることは限られています.どこまでやれば良いでしょうか?
Q4.「心因性」の診断はどうしたらよいでしょうか?
Q5.意識障害や複数の神経症候を伴う患者の高次脳機能障害を,どのように評価したらよいでしょうか?
Q6.鑑別疾患や鑑別症候はどれだけ覚えたらよいでしょうか? 上手いスクリーニングはないですか?
Q7.教科書や論文によって異なる名称や分類のある高次脳機能障害は,どれを選んだらよいですか?
Q8.相談できる指導者がなく,所見や解釈に自信がありません.どうやって独学したらよいでしょうか?
Q9.要領悪く,タスクも膨大で,自己研鑽や休息の時間がありません.どうやって時間を作ったらよいでしょうか?
Q10.それにしても症候学,特に高次脳機能障害って曖昧です.本当に科学といえるのでしょうか?
第5部 資料編
第1節 ERで使用する神経学的評価スケール
1 National Institutes of Health Stroke Scale(NIHSS)
2 NIHSS経過チャート(当院仕様)
3 Mini—Mental State Examination(MMSE)
4 Frontal Assessment Battery(FAB,前頭葉機能評価バッテリー)
5 modified Rankin Scale(mRS)
6 JCS:Japan Coma Scale
7 GCS:Glasgow Coma Scale
8 MMT:Manual Muscle Test
9 NRS:Numerical Rating Scale
第2節 診察携帯アイテム
1 タッピングスパン 3×3マス
2 乱数列表
3 呼称課題
4 読字課題
5 Otaの抹消試験
6 Five point test
第3節 診療情報使用同意書(当院仕様)
結論
あとがき / 謝辞
索引
執筆者一覧
稲富雄一郎 済生会熊本病院脳神経内科副部長 著
株式会社中外医学社 〒162-0805 東京都新宿区矢来町62 TEL 03-3268-2701/FAX 03-3268-2722
Copyright (C) CHUGAI-IGAKUSHA. All rights reserved.