第2版 巻頭言
『血液内科 ただいま診断中!』が上梓されてから早いもので7年が過ぎました.当時,医学研究科を修了したばかりで自称「若手」だった渡邉純一先生も今やTMGあさか医療センターの血液内科部長として埼玉県の血液内科診療に大きな役割を果たすようになってきました.血液関係の講演会で演者やディスカッサントとして見かける機会もあると思います.年を重ねて経験が増すのと同時に,新しい診断基準や治療薬が次々に登場するため,知識も常にアップデートしていく必要があります.本書の中身をざっと見渡してみても,赤血球関連の疾患では,「特発性造血障害に関する調査研究班による診療の参照ガイド」はほとんどが令和4年度改訂版になりました.骨髄異形成症候群は遺伝子変異の知見が蓄積されてきたため,それらを加えたWHO分類第5版(2022年),ICC分類が提唱されました.ただ,実臨床では遺伝子変異を検索することが困難でなかなか普及するに至っていません.急性白血病も遺伝子変異に基づくWHO分類第5版とELN分類が登場し,対応する分子標的薬の登場と相まって少しずつ治療方針の決定に影響を与えつつあります.リンパ腫ではFDG-PET-CTの普及に伴い節外病変にも使いやすいLugano分類が使われるようになり,さらにDLBCLではGCB型とABC型で治療を分けることも行われています.この他,多くの改訂ポイント,新しい治療選択のスキームを取り込んでこの改訂版がつくられました.遺伝子変異というと目が回りそうに思われるでしょうが,診断分類は多様性に富む疾患を適切に治療することを目的にしています.ただ,その前には,命を危険にさらさない,後遺症を残さないよう,格好良く(少ない手数で)診断することが求められていることを忘れないでください.
さて,登場するN医師は卒後13年目のままで,O医師,K医師,T医師も初版からちっとも年をとっていません.若手の指導医と後期研修医という設定のためですが,現実は臨床に油がのっただけでなく多くの本を執筆する中堅血液内科医,ばりばり論文を書く大学院生,市中病院で臨床に励む血液内科医など,それぞれの道に進んだのをみると,教授としては感慨深いものがあります.本書が血液疾患の診断力を深める道標となり,臨床における疑問点が研究の糸口となって,血液疾患患者さんの幸せにつながっていくことを期待しています.
2024年8月
防衛医科大学校血液内科 木村文彦
第2版 序
2017年3月に『血液内科 ただいま診断中!』の初版が発売され,多くの医師に読んでいただくことができました.このとき私は医師として14年目にはいるころで,執筆していたのは12〜3年目という時期でした.この『ただいま診断中!』という本は研修医・後期研修医の先生をはじめとして,中堅の先生からも「読みやすい」「理解しやすい」と言っていただき,非常に嬉しく思っておりました.
その後,それまで所属していた防衛医科大学校血液内科を離れ,埼玉医大総合医療センターを経て,現在はTMGあさか医療センターで血液内科の立ち上げをおこなっております.
この2つの大学病院でのさまざまな経験だけでなく,大学病院では経験しないような症例を含めTMGあさか医療センターでさらなる研鑽を積むことができました.医師として20年間の臨床経験とさまざまな病院での診療経験から,『ただいま診断中!』をさらに良いものにできるのではないかと考えました.
また,この7年の間に「WHO分類(第5版)」や「造血器腫瘍診療ガイドライン(2023年度版)」を含めたさまざまな疾患のガイドラインの改訂が行われ,『ただいま診断中!』の内容をアップデートする必要 もありました.
『血液内科 ただいま診断中!』第2版は「読みやすい」と言っていただいた初版をベースにしながら,新しいガイドラインに基づいた「診断基準」のアップデートに加え,追記するべき内容を全診断領域で見直しました.
診断に遺伝子変異の記載が増えたこともあり,非専門医の先生では初版より難しい内容になると思われました.そのため非血液専門医の先生を主な対象として『検査値とCQでわかる 非専門医のための血液疾患ワークブック』という血液専門医へうまく橋渡しすることを目的とした本を昨年執筆させていただきました.
第2版では「血液専門医を目指す医師」「血液専門医」を主な対象として,血液内科領域に関わる医療従事者の方々に手に取っていただければと考えております.血液専門医を対象にすることに加えて,正しい診断は正しい治療に繋がることもあり,初版では記載が少なかった「初期治療・治療前評価」に関しての記載を増やしております.
私が外来や病棟に置いておけば役に立つと考えている内容をほぼ網羅した本にしたつもりであり,中堅以上の血液内科の先生のお役にも立てると思います.この本が手に取っていただいた先生の日常診療に少しでも役立ち,患者さんにも貢献できることを祈念しております.
2024年8月
渡邉純一
序
はじめまして.自衛隊医官で血液内科医をしております.血液内科医として医療や血液疾患に関するblogを書いて10年になります.もともと医師不足が顕著な埼玉県にいるためか,今の医療制度では将来的に医療は成り立たないだろうと考え,若手医師の目線から医療制度などに関する考えを発信し始めたのが最初になります.一時期は月に10万以上のアクセスをいただき,更新頻度が週1回以下になっている今でも月に6〜7万件ほどblogを見に来ていただいております.
血液専門医を取得してからは,患者さんにわかりやすく参考になる記事を,若手血液内科医が説明をする際に参考になるような記事を書くこともありました.その中で患者さんや家族からのご質問などへの受け答えなどをしておりましたところ,中外医学社から『血液内科 ただいま診断中!』という本を執筆させていただくことになりました.
この話をいただいた際に「医師13年目でしかない自分が教科書を書くなどとんでもない」と思いました.blogをそのまま本にするようなものでよいというお話をいただきましたが,患者さんを対象に書いているblogと医師向けではかなり内容が異なってきます.しかし,現場の中堅医師の目線で本を書くことは若手から中堅の血液内科医のメリットになると考えました.
まず,私自身若手であり,様々な患者さんを前にして疑問を調べながら診療をしております.調べてよかったと思う知識もいろいろあります.オピニオンリーダーの先生が作成する教科書と違うかもしれませんが,現場で役に立った知識を多く含んだ教科書も良いと考えました.
また,中堅医師ということで初期・後期研修医の先生と接する機会が多く,「何に迷っているのか.どういったことを考えているのか」を知る機会が多いことがあります.各病院の上級医の方々から若手医師が直接指導を受けるのは,カンファレンスなどの場が多いだろうと思います.その中では上級医も「これは知っているだろう」というような話は質問したり,教えたりされないかもしれません.経験値の高い医師が「可能性が低い」と判断する材料を若手の先生は持っていないことも多々あります(上級医の常識が若手の常識でないことも多い).今回は診断学に関してということでしたので,症状や疫学情報,1時間ほどで出る血液生化学検査・血算・凝固検査などから「可能性が高いか,低いか」を判断できるものをできるだけ集めております.
この教科書の目的は「血液内科専門医」ではない医師,血液内科を研修中の初期研修医,新内科専門医制度に伴いスーパーローテートをしている後期研修医,血液専門医を志望する医師,一般病院・クリニックで血液疾患が疑われる患者を診た医師,病院実習中の医学部学生が血液疾患の診断過程をイメージしやすくなり,診断までたどり着くことができるようにすることです.それに伴い,血液内科を志す医師が増えたり,紹介時の緊急性などを理解していただけたりするとありがたいと考えております.また,血液専門医を取得されている先生に「備忘録」的な本というものを作成したいと考えました.
この本の構成は主訴や症候から始まるフローチャートによる目次と総論・各論に分かれております.各論は各診断の疫学情報・論文などの生存曲線や結果をまとめた表を記載しました「Summary」のページ,各疾患の簡単な紹介と診断のポイントを述べた「Introduction」のページ,そして「若手の医師」がイメージしやすいように会話形式で診断までの過程を書いた「Case」のページで作られております.
「Summary」のページは若手の先生も含め,中堅以上の先生の備忘録的なものになれば幸いです.「Case」のページは実際の患者さんを参考にしておりますが,年齢・性別は疫学上おかしくならない程度に調整しております.また,個人データにならないように血液検査のデータは10%未満の範囲で数字を変えております(切りがいい数字が多いです).できるだけ典型的な患者さんを選んでおりますので,若手の先生の参考になればと考えております.
また,資料として血液難病リストと個人調査票等をつけました.申請に必要な検査の確認など,診療のお役に立てば幸いです.
この本を執筆中の2016年5月末にWHO ClassificationのUpdate(4th edition)がBlood誌に発表されました.今後のことを考え,この考えを「まとめ」のページに取り込んではおりますが,症例部分など大部分に関しては混乱を避けるため,また理解しやすいようにWHO 2008 4th edtionに準じております.Updateされたものが定着しましたら,それらを上書きしていただけますとうれしく存じます.
この教科書が若手の先生や血液学を専門とされていない先生を中心に,専門医を取得されている先生にもお役に立てば幸いです.
2017年3月
渡邉純一