序
あまり誇れることがない私だが,指導医になるまで日米合わせて11年間研修医(トレイニー)として過ごしたので,教わる側の経験は豊富ですと胸を張れる.そして指導医になってからは,学生や研修医(臨床研修医からサブスぺ領域のトレイニー)の皆さんと日々接している.そのなかで日々感じている,ココが大事,ココがひっかかる,の“ココ”がたくさん集まってこの本になっている.
私が医師として働き始めてからの約20年で日本でも感染症に関する書籍は飛躍的に増え,日本語および英語のオンライン資料も容易にアクセスできるようになった.わからなかったら“ググる”を超え,今や生成AIが日常診療のなかに近づいてきている.スマホがなかった時代に研修医として働き始めた自分にとっては隔世の感がある一方,情報の海におぼれやすく,容易に情報を取得できてもそれらを取捨選択し立体的に理解することは実は難しくなっているのもしれない.
この本では,バリバリの臨床医として現場の第一線で活躍されている指導医の先生方に,若手の医師向けに,コモンな疾患の診療で役立つTips,少し難しいケースの対応のコツ,知っておくべきことを鉄則としてシェアしていただいている.50の項目について,ご共著も含め64名の執筆者の先生方が,ご自身の研修時代に指導医からを含めて様々な形で学ばれてきたことを選りすぐってまとめていただいており,本当に重要なことしかそこにはない.書いていただいた原稿を私自身が読んだ時,それぞれの先生の病棟回診や外来にお邪魔したような感覚になった.そう,病棟の廊下や診察の合間の外来で,指導医が自身のクリニカル・パール(あるいはアート)を教えてくれるあの瞬間である.この本全体の構成としては,便宜的に総論,症候群,微生物,その他という章に分けてあるが,1ページから通読していただくことを想定はしておらず,むしろ目次やページをパラパラとめくって,目にとまったところ・心が捉えられたところから読んでいただきたい.執筆者の先生方のバックグラウンド(研修や現在働かれているセッティング)は様々で,ゆえに項目ごとに全く違った角度からの視点が得られること(立体的多面的に理解できること)にきっと驚くのではないだろうか.この1冊で,50の病院の感染症科を訪ねる旅に出ることができる.
最後に,お忙しい現場での時間の中で,ご自身の様々な経験や知識を濃縮して原稿にしていただいた執筆者の先生方に深く感謝いたします.また,この企画にお声がけいただき,スタートから出版まで伴走いただいた編集の上岡里織さんにも心より感謝します.一人でも多くの方の手に届き,この本で書かれている鉄則が患者さんのケアの向上につながり,そして読者の皆さんが指導医として未来の若手に経験も加えた新たなエッセンスとして伝えていただくことになればうれしい.
2024年4月
東京医科歯科大学病院 感染症内科・感染制御部
岡本 耕