第2版の序
本書第1版を刊行した2015年は脳神経外科のサブスペシャリティー分野は脳血管内治療と脊髄脊椎外科の専門医制度が整備され、さらにてんかん、内視鏡について専門医制度が作られようとしていた時でした。
日本の脳神経外科は基本診療科のひとつであるため、その範疇は血管障害、腫瘍、脊椎脊髄、外傷、小児奇形、機能、再生とリハビリと広範です。さらに、治療手段でも頭蓋底開頭、顕微鏡手術、血管内治療に加え、近年では、内視鏡、外視鏡が出現し急速に適応が拡大しています。鍵穴開頭など低侵襲な治療も当たり前の治療となりました。また内科的治療も分子標的薬は悪性脳腫瘍に対する有効なモダリティになりました。さらに専門医も、脳卒中外科専門医、小児脳神経外科専門医、神経外傷専門医、聴神経腫瘍専門医などがどんどん出現しています。
しかし、このように専門化、細分化していく未来には何が待ち受けているでしょうか?ある人の話では「ドイツ脳神経外科は、血管内をradiologistに渡し、外傷を救急医に渡すなど分割していった。その結果、本体がなんだか何か見えなくなってしまった。この現象はFragmentationとも言え誤りであった」と専門分化に否定的な意見もあります。また本邦においても一般外科において、かつて「消化管外科」「肝胆膵外科」「内視鏡外科」など無数の専門分野ができておりましたが、結局崩壊に近い状態となり近年は大講座制に戻すような動きも出ています。つまり知識の発展のためには、選択と集中だけではダメで、統合と分散も必要なのです。『脳神経外科手術スキルアップガイド」は脳神経外科専門医として習得かつ守るべき技術のミニマムエッセンスを統合したつもりです。
本技術書はベーシックな手技から、基本開頭術、頭蓋底開頭、キーホール、脊椎外科や血管内治療まで、卒業後7 年目程度の若手脳神経外科医ができなくてはならない手術手技を概説しています。内容や術中写真、イラストは実際にその手技を行っている福井大学の若手の先生に作成をお願いし、全原稿を最後に私がチェックしました。多くのイラストとサイドメモによって、初心者が陥るピットフォールを浮き彫りにしています。またその回避法は、なぜそうなのかをできるだけ論理的に説明したつもりです。
私は、STA-MCAバイパスとマイクロサージェリーを本邦に導入した菊池晴彦先生、AVMの世界的権威橋本信夫先生を始めとする京大の名手から伝統の脳血管外科を継承し、福井に着任以来それを発展させるべく努力してまいりました。しかし2016年に福島孝徳先生の聴神経腫瘍やMVD、頭蓋底、鍵穴技術を拝見し、自分の不勉強に大変ショックを受けました。それ以来、直接手術を教わる機会を作り、学び、医局員にも伝承して参りました。本書は、これら京大流と福島流をミックスした基本技術書になっていると存じます。もちろん流儀は多数あります。また、技術は日進月歩です。本書に記述した方法はほんの1例に過ぎません。我々の施設も、また皆さんの施設も絶え間なく技術のリファインを行い続けていると存じます。本書はそのたたき台として用いていただければ幸いです。
本書を故 福島孝徳先生に捧げます。
2024年4月
菊田健一郎