はじめに 改訂2版によせて
『医療機関のホスピタリティ・マネジメント』が出版されてから7年の月日が流れました。その間、二〇二〇年から流行を始めた新型コロナウイルス感染症の蔓延により、医療機関を取り巻く環境は大きく変化しました。
患者の受診控えによる経営環境の悪化、感染不安によるスタッフのメンタル不調。食事会やミーティングなどが中止となり、コミュニケーションが極端に少なくなったことで、スタッフが職場で孤立してしまったり、帰属意識が低下し、退職が相次ぐなど、マネジメントは一層、困難さを増すことになりました。
このような環境の中で、働く人の「幸福」について、注目が集まっています。
『ハーバード・ビジネス・レビュー』で紹介された、幸福度とパフォーマンスの関係における科学的研究では、幸福感の高い社員の創造性は3倍、生産性は31%、売上は37%高いとの結果が導き出されています。また、幸福度が高い従業員は欠勤率が低く、離職率が低い(本書88頁参照)との報告もあり、学術的な観点からも「幸福」と働くことの密接な関係が明らかになりつつあります。
そして、これからは医療機関においても、スタッフが「幸福」を感じられるような組織づくりをすることがますます重要になってくると、私は確信しています。
では、どうすればスタッフの幸福度が向上するのでしょうか。その答えのひとつが、本書で紹介している「ホスピタリティ・マネジメント」です。なぜなら、スタッフが患者さんを思いやり、患者さんに喜んでいただく対応をするには、まず、スタッフ自身が幸福を感じている必要があり、それを実現する仕組みがホスピタリティ・マネジメントだからです。日本における「幸福学」の第一人者である慶應義塾大学教授の前野隆司氏によると、幸福を感じるには、4つの因子があると言っています。その4つとは、
1.「やってみよう!」因子
2.「ありがとう!」因子
3.「なんとかなる!」因子
4.「ありのままに!」因子
というものです。このうち、2.の「ありがとう!」因子とは、「つながりと感謝の因子」とも言われており、組織において、互いに尊重し、助け合い、思いやりの気持ちを伝え合うことで、高めることができます。「ホスピタリティ・マネジメント」は、まさにこの「つながりと感謝の因子」を高め、組織におけるスタッフの幸福度を向上させ、成果を出していく手段なのです。
「ホスピタリティ・マネジメント」を仕組みとして取り入れることによって、幸福な職場づくりをすることは、コロナ禍で傷ついたスタッフの心を癒し、元気にすることができます。
元気になれば、意欲が生まれ、1.の「やってみよう!」因子につながったり、楽観的な見通しが生まれ(「3.なんとかなる!」因子)、互いに認め合い尊重する職場であれば、ありのままでいいんだ(「4.ありのままに!」因子)と思え、自己受容につながります。
結果として、医療機関で働くことがスタッフの幸福になり、幸福だから患者さんを幸福にするエネルギーが生まれ、幸福の好循環が生まれるのだと実感しています。
本書では、どのような組織づくりをすれば、スタッフの幸福度が高まり、ホスピタリティを発揮することができるのか、先行研究を踏まえたうえで、これまでの医療機関での研修、コンサルティングの経験をもとに、できるだけ具体的にわかりやすく加筆し、改訂版として世に送り出すことになりました。
二〇二三年十月
榊原 陽子