序 文
2015年7月,私はアメリカ留学時代のメンターであるDr. Saibal Karに再会した.日本ではまだSAPIEN XTとClassic CoreVALVEでTAVIを行っていた頃で,弁輪破裂や左室穿孔など重症合併症の危険性と常に隣り合わせだった時期だが,欧米ではすでに次世代のSAPIEN3が使われていた.
SaibalにSAPIEN3の感想を聞くと,“S3 is angioplasty”と言った.直訳すると“SAPIEN3は血管形成術だ”になるが,この場合はそうではない.彼は,“SAPIEN3はPCIのように簡単だ”と言ったのだ.
その時,私の前にTAVIの近未来的ビジョンがみえた.目指すべきは“標準化”なのだと.
実際にSAPIEN3やEvolutを使うようになると,確かにイージーに使え,合併症も少なくなり,複雑症例に対しても良い成績を出せるようになった.はじめは私だけが第一術者をしていた当院も今では術者は8人までに増え,TAVIは一定のレベルの術者であれば誰でも行うことができる治療になった.
しかし,地域ごと病院ごとで見たらまだ弁そのものへのカテーテル操作に自信がない術者や症例選択,戦術の構築に慣れていない施設,確率の少ない合併症に怯えている施設が未だ存在する.
私の目指すところはTAVIの標準化である.どの施設でもどの術者でも安全に良い大動脈弁を作ることである.そのために今回,インターベンショニストとしてテクニカルな部分にこだわった技術書を執筆した.これまでTAVIの技術に関する話は,我々がTAVIを始めた時に海外の術者から教わったことや,企業のマニュアルに書いてあることくらいであった.しかし,この本では,私のインターベンショニストとしての感覚,理論に基づいて多くの症例における成功と失敗から築いてきた技術論を展開している.
TAVIの適応や術後の抗血栓療法などの学術的内容については,本書では触れていない.あくまで,TAVI手技に関する内容にこだわっている.また,私は循環器内科カテーテル専門医なので,外科的な部分である経心尖アプローチや,直接大動脈アプローチについては割愛させていただいた.
第6章では,TAVI後コロナリーアクセスについても概説している.この章においては,心臓カテーテル医であれば誰でも必要な知識であるので,TAVIはしないがPCIはする,という人にも読んでもらいたい.
これからTAVIを始める方,TAVIってどんな世界だろうと思っている方,またTAVIをすでに行っているけどまだ迷いのある方,特殊な症例に遭遇し対応に困っている方など多くのTAVI関係者に読んでもらいたい.
2023年10月
多 田 憲 生