序 文
急性虫垂炎は多くの人が罹患する疾患ですが,まだまだ医学的にわかっていないことがたくさんあります.自らを省みますと,医師になって間もない時期から数多くの急性虫垂炎の診療にあたってきたものの,当初はあまり探求心がないまま見様見真似で過ごしていました.
大学院生となり医学研究の楽しさを味わい,その後に臨床の場に戻ったとき,日常的な環境で何か研究できないものか考えました.自分で初診時から治癒するまで診療することの多い急性虫垂炎は症例数も多く,格好の対象と思われました.所詮できたことは,急性虫垂炎に関して知りたいことを身近な症例で調べてみたり文献を読んだりするだけではありましたが,意外とわかっていないことが多い疾患だと知る機会となりました.勉強する中で,中外醫學社から1960年に出版された濱口榮祐氏と古味信彦氏の著書『最新の虫垂炎治療』という本に出会いました.当時の医療の現状を窺い知ると同時に,虫垂炎へ強い関心を抱いていた先達の存在を知りました.この本との出会いは,私自身が本を執筆するに至った原動力となっています.
ひとたび“appendicitis”をキーワードにデータベースで文献を検索してみると,数万編もの論文が挙がってきます.ごく一部分を読むだけでも,いろいろな事柄やそれぞれの考えが含まれていることがわかります.知り得た諸々の中から,虫垂炎に関する情報を多方面から捉えて紹介したいと思い,この本を書くことにいたしました.実際の内容は私の備忘録に過ぎないかもしれません.記述した項目や参考にした文献は,私が心の趣くままに選びましたので,内容には偏りがあるかと思います.また,本書では多様な考え方を紹介するに留め,意見の強弱についての吟味は加えておりません.ガイドラインにはなりませんが,考え方の多様性をも楽しむ一冊として,ご容赦いただきたいと思います.
急性虫垂炎の診療の中で,病状を説明したり方針を立てたり,あるいは意思決定支援をしたりするために,少しでもお役立ていただけることを願っています.また,読み進むうちに関心のある情報や新たに興味を持てる内容があれば,今後に追究していく題材や参考にしていただければ幸いです.
2023年6月吉日
根東順子