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書籍詳細

鎮静と安楽死のグレーゾーンを問う

鎮静と安楽死のグレーゾーンを問う

―医学・看護学・生命倫理学・法学の視点

森田達也 編著 / 田代志門 編著

A5判 274頁

定価5,280円(本体4,800円 + 税)

ISBN978-4-498-05736-4

2023年06月発行

在庫あり

長年議論されてきた「鎮静と安楽死」を,各領域のトップランナーが真正面から語る.

長い間議論され,1つの指針を明示することが困難な「鎮静と安楽死」.本書では,各領域のトップランナーが真正面から語ることで,鎮静の茫漠とした像を浮かび上がらせることに挑んだ.医学,看護学,生命倫理学,法学という多方面から論点を明確にし,全体像を掴む.「自分だったらどうする?」―各著者の多様な視点が,より深い理解と考察へ導く.ガイドラインだけでは表現しきれない著者らの思考に触れることができる1冊.

序 文

 本書は,緩和ケア領域で長年にわたって実践・研究されるとともに倫理的な論争を引き起こしてきた「苦痛緩和のための鎮静(palliative sedation)」と,安楽死とのグレーゾーンを正面から取り上げるものです.
 オーソドックスな「苦痛緩和のための鎮静」については,国内外でガイドラインが公表されています.日本では日本緩和医療学会が「苦痛緩和のための鎮静に関するガイドライン」を2004年から発行・改訂してきました.このガイドラインは2018年版からは名称を「がん患者の治療抵抗性の苦痛と鎮静に関する基本的な考え方の手引き」に変え,今も改訂作業が続いています.そのなかで例外的な扱いとして保留され,位置づけのはっきりしないものがあります.例えば,予後がまだ見込める患者の精神的な苦痛に対する鎮静などがそれに該当します.
 その一方で,この間海外では,フランスにおけるクレス・レオネッティ法において「治療の中止と一緒に開始されて死亡まで継続される持続鎮静」が合法化されるなど,鎮静の適応範囲を拡張しようという動きもみられています.
 鎮静は,論じるそれぞれの専門や立場,経験,人生観によって考え方が異なり,統一した一つの指針を明示することは困難です.一つの角度から議論しようとしても思考が偏る恐れがあり,その像は茫漠としたままになりやすいものです.そこで本書では,鎮静と安楽死のグレーゾーンと考えられる領域について,医学(緩和医学,精神医学,疼痛・麻酔学),看護学,生命倫理学,法学の専門家9名の立場から論じてもらうことで,グレーの明度を上げ,その像を浮かび上がらせることに挑みました.本書の目的は,結論を導き出すことではなく,多様な観点を知り,どこに論点を置くことが妥当であるかをはっきりさせることです.

 本書の冒頭では緩和ケア領域において鎮静が医学上の議論になった経緯をまとめながら,議論すべき鎮静の枠組みを提案し論点をあげました.それに対して,各専門家が専門領域における見解を示し,最後に論点を整理するという構成になっています.9人の専門家はいずれも日本緩和医療学会の鎮静ガイドライン・手引きの作成にかかわっており,本書はその作業からのスピンオフ作品ともいえるものです.ガイドライン・手引きには表現されにくい,議論になった「生の声」が届くといいなと思います.
 緩和医学からは新城拓也と今井堅吾に依頼しました.新城は精神的苦痛が前面にあり自ら鎮静を希望する患者との出会いから,NHKクローズアップ現代「『最期のとき』をどう決める──『終末期鎮静』めぐる葛藤」への出演やSNSを通じてリアルな現場を世間に届けようとしています.今井は,淀川キリスト教病院と聖隷三方原病院という日本を代表する2つのホスピスに勤務し,鎮静の実践が施設によって大きく違う現実を目の当たりにして,鎮静の実証研究に取り組んでいます.偶然ですが両者は出身大学が同じであり,「終末期患者の苦痛は放っておくものだ」という時代を生きて今に至る豊富な臨床経験に基づく論考となっています.
 精神医学からは明智龍男が,疼痛・麻酔学からは馬場美華が執筆しています.明智は,がん専門病院が精神科医を診療チームに迎え入れた時代の先駆者です.国立がんセンター東病院の緩和ケア病棟で「緩和することのできない精神的苦痛」を前に精神医学はなにができるのかを突き詰めて考えていました.馬場は,麻酔科出身の緩和ケア専門医として,疼痛に対する評価や患者の意識の評価に関して鎮静を検討するうえで必要な専門的な知見をまとめてくれました.看護学は我が国のがん看護のトップランナーである田村恵子が引き受けてくれました.彼女のライフワークである「スピリチュアルペイン」に対する鎮静についてどう考えれば良いのか,という難題に取り組んでいます.
 生命倫理学からは,田代志門と有馬斉が執筆しています.田代は,国内の鎮静に関するオーソドックスな倫理的枠組みにおいて,グレーゾーンの鎮静がどのように位置づけられるかを検討しています.田代はあくまでも鎮静と安楽死との相違点を強調する立場を貫いていますが,有馬はこれとは対照的に安楽死と鎮静との道徳的な類似性を主張しています.両者の論考を読み比べることで読者は鎮静と安楽死との区別についての考え方の幅を知ることができるでしょう.
 法学からは,一家綱邦と一原亜貴子が執筆しました.一家は医事法の立場からインフォームド・コンセントの問題を中心に論じるとともに,病院としての組織的な対応や法的な環境整備の重要性を指摘しています.一原は本書の構想時に鎮静に関する論説を発表していた唯一の刑法学者であり,刑法の立場から鎮静がどのようにみえるのかを教えてくれます.両者は,2023年に公開予定の新しい日本緩和医療学会の鎮静の「手引き」において,鎮静の法的側面を検討しており,その過程で得られた成果の一部が本書に収められた論考として結実しました.
 以上の執筆陣に加えて,鎮静に関して長くかかわってきた3人の「生き字引」的な先生方として,臨床は池永昌之先生,倫理は清水哲郎先生,法学は稲葉一人先生にお願いしました.お三方とも国内で鎮静に関するガイドラインができたときからの関わりであり,20年にわたる歴史的な経緯を知る人たちです.

 本書を通読すれば,鎮静と安楽死のグレーゾーンに関する全体像や論点を掴むことができます.編者としては,それを通じて「私ならどうするだろう?」と自分自身の考えをより深めることや,国内で既に現実的な選択肢として行われている「鎮静」の社会的な位置づけが明確になることを期待しています.最後になりましたが,本書の刊行にあたって企画段階からご尽力いただきました中外医学社の鈴木真美子さんに深謝いたします.

2023年5月
編者 森田達也 田代志門

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目 次

I.総論 鎮静の前提知識と暫定的な定義

1.歴史的経緯 1990年から現代にいたる
   鎮静の概念と実践の変化〈森田達也〉
   1990年―WHO 方式がん鎮痛法の委員長であるVentafridda が鎮静の必要性にはじめて言及
   一時的な混乱: 終末期鎮静(terminal sedation) ? ゆっくりとした安楽死(slow euthanasia) ?
   2000年─緩和的鎮静(palliative sedation)として概念が整理され,ガイドラインが整備
   2010年─想定されていなかった鎮静の実践のオランダからの報告
   2016年─フランスにおける持続鎮静法の制定
   患者の希望による/ 精神的苦痛に対する鎮静の増加
   2020年─鎮静概念の再構築

2.苦痛緩和のための鎮静に関するエビデンスの要約〈森田達也〉
   鎮静の頻度
   対象となる苦痛
   生命予後の短縮の可能性
   患者の意思決定への参加

3.鎮静と安楽死のグレーゾーン 本書での暫定的な考え方〈森田達也〉
   鎮静と安楽死のグレーゾーンの類型
   論点

II.各論1 医学・看護学からのアプローチ

4.鎮静は患者の苦痛を緩和する最後の手段になるのか?〈新城拓也〉
 1.一人の医師が緩和ケアと鎮静を知るまで 1996年から2001年まで
   真実を明らかにしない医師
   苦しむがん末期患者の最期,鎮静の始まり
   鎮静を知ったとき
   気がついた鎮静の問題点
 2.緩和ケアを学び,そしてまた限界を知る 2002年から2011年まで
   緩和ケア病棟で見たこと
   緩和ケア病棟の限界
   緩和ケア病棟での鎮静
   鎮静の現実
   鎮静の調節と説明は難しい
   鎮静の説明の仕方
   鎮静は患者から治療効果を確認できない
   緩和ケア病棟の10年間
 3.鎮静の新たな解釈 2012年から現在まで
   在宅療養中の患者に対する鎮静
   緩和ケアに明るくない医師達の躊躇
   患者の鎮静に対する意識の変化
   患者から鎮静を提案された
   鎮静と安楽死の違いはあるのか
 4.コロナ禍の壊れた緩和ケアと感傷的なエピローグ

5.死亡直前期の臨床から考える鎮静と安楽死〈今井堅吾〉
 1.鎮静の実践の違いから考える鎮静と安楽死
   鎮静との出会い
   施設の文化や方針
   診療体制とチームの視点
   患者と治療背景
   医師の信念・価値観
   2 つのホスピスでの経験からの考察
 2.鎮静薬の投与方法から考える鎮静と安楽死
   鎮静と意図
   プロトコルに基づいた鎮静の定義
   プロトコルに基づいた鎮静から何が言えるか
   ミダゾラムの投与方法による血中薬物動態の違い
   鎮静レベルを浅くすることの難しさ

6.精神的苦痛をもつ患者に対して緩和ケアはどう対応できるのだろうか?〈田村恵子〉
 1.緩和ケアにおける全人的苦痛: 全人的苦悩としての問い直し
 2.全人的苦悩としてのスピリチュアルペイン
   スピリチュアリティとは何か?
   スピリチュアルペインとスピリチュアルケア
   精神的苦痛とスピリチュアルペインに関する認識
 3.精神的苦痛,いわゆるスピリチュアルペインを訴える患者に対する緩和ケアの可能性
   スピリチュアルペインが著しく持続する場合の鎮静の相応性について
   患者の自己決定と家族の意向
 4.スピリチュアルペインが著しく持続する場合の安楽死は許容できるか

7.抑うつ状態の患者に鎮静・安楽死を提供することは許容されるのか? サイコオンココロジーの立場から〈明智龍男〉
 1.精神医学における「診断」の問題点
   そもそも「うつ病」という疾患は存在するのか?
   うつ病はいつから「病気」になったのか?
 2.精神医学は死の希望を合理的とみなすことがあるか?
   希死念慮の背景に存在する精神心理的問題に関しての先行研究
   自殺の背景に存在する精神心理的問題に関しての先行研究
   終末期がん患者に合併したうつ病の治療可能性
 3.これ以上緩和しない苦痛(身体的苦痛・精神的苦痛)はあるのか? 身体的苦痛と精神的苦痛は区別できるのか?
 4.海外における安楽死における精神科医の役割
 5.「合理的な自殺」はあるのか?
 6.鎮静・安楽死が許容できない状況
 7.社会との関係の視点から
   自身のがん医療や緩和ケアに従事する精神科医という立場を俯瞰して
   精神科医としての自身の立ち位置の変遷

8.苦痛緩和のための鎮静の疼痛学・麻酔学から見た課題〈馬場美華〉
 1.痛みとは
   痛みの定義
   痛みに対する精神的要因の影響
   痛みの診かた
 2.痛みの治療目標と緩和的鎮静
   慢性疼痛
   がん疼痛
   痛みに対する緩和的鎮静
 3.鎮静中の患者の苦痛と意識 鎮静の効果を評価するテクノロジーの限界
   意識とは
   全身麻酔,および鎮静中の痛み
   鎮静,および鎮痛モニタ

Column(1) 現場での悩み 何が本人にとっての最善の治療方針なのか〈 池永昌之〉
 1.臨死期におけるQOL の向上と医療・ケアの目標
 2.Advance Care Planning と本人にとっての最善の治療方針の決定
 3.これからの意思決定支援のあり方について

III.各論2 生命倫理学・法学からのアプローチ

9.持続的深い鎮静の倫理 安楽死と何が違うのか〈田代志門〉
 1.鎮静のルールをどう考えるか
 2.鎮静と安楽死
   持続的深い鎮静の何が問題なのか
   安楽死との区別
 3.持続的深い鎮静の許容要件
   相応性
   医療者の意図
   患者・家族の意思
   チームによる判断
 4.グレーゾーンの鎮静をどう考えるか
   予防的CDS
   数週から月単位でのCDS
 5.鎮静のルールを超えて

10.患者の利益と医師の意図 鎮静と安楽死はどのくらい似ているか?〈有馬 斉〉
 1.患者の利益
 2.鎮静と安楽死を比べるときは患者の条件を同じにしなければならない
 3.完全な無意識と死
 4.医師の意図と二重結果原則
 5.鎮静をかけるときの医師の意図
 6.本人が意図していないといったら意図していないことになるか
 7.鎮静薬の量を少しずつ増やしていれば生命短縮や無意識にすることを意図していないといえるのか

Column(2) 予想と決定・均衡と相応・選択と実施 ―鎮静ガイドラインの背景理論―〈 清水哲郎〉
 1.「持続的」を「中止する時期をあらかじめ定めずに」としたこと
 2.均衡性から相応性へ
 3.選択に際しては帰結主義/ 実施にあたっては意図・予想・許容で

11.終末期医療・終末期鎮静をめぐる医事法学的検討 個々の臨床から医療制度の拡充にわたって〈一家綱邦〉
 1.言葉の定義,概念を整理する
 2.医療行為一般の医事法学的検討から終末期鎮静を考える
   適法な医療行為の要件
   医療契約とインフォームド・コンセント
   インフォームド・コンセントの意義
   患者への説明内容
   患者の同意のあり方
   患者が意思決定できない場合
   患者の意思の推定と最善の利益の検討
 3.終末期鎮静と法の関わりを再考する
   終末期鎮静の法的責任の問われ方
   臨床倫理へのアプローチ
   患者の権利へのアプローチ

12.持続的深い鎮静の刑法的問題〈一原亜貴子〉
   刑法における安楽死
   殺人罪と自己決定権
 1.間接的安楽死
   間接的安楽死の正当化根拠
   間接的安楽死の正当化要件
 2.耐え難い身体的苦痛
   「耐え難い」苦痛の判断
   身体的苦痛と精神的苦痛
 3.死期の切迫性
   死期の切迫性が要求される根拠
   切迫性の程度
 4.患者の意思
   刑法における被害者の同意の意義
   鎮静の場面における同意
   推定的同意による正当化

Column(3) 鎮静の手引きと,法〈稲葉一人〉
 1.私と鎮静ガイドライン班との関わり
 2.ガイドライン委員会における法の位置づけ
 3.何が法的問題なのか

IV.まとめ

13.苦痛緩和のための鎮静 論点は何か?〈森田達也 田代志門〉
 1.医学的な論点
   鎮静中の患者は苦しくないのか? 鎮静中の患者の苦痛を評価する方法はあるか?
   鎮静(薬の使用)は生命予後を短縮するか?
   鎮静を浅くしつつも苦痛を再燃させない方法はあるか? 苦痛を再燃させるリスクをおってでも患者の意思を確認したほうがいいか?
   その他の医学的論点: どの鎮静薬をどのように使えばもっとも安全に(意識への影響が少なく),苦痛も緩和できるのか?
 2.多領域にわたる論点
   鎮静の適応という点から身体的苦痛と精神的苦痛は区別して扱えるか? 区別するべきか?
   精神的苦痛は鎮静の適応として考えうるか?
   患者の同意はどの程度必要なのか?
 3.根本的な論点: 鎮静と安楽死とは違うのか?

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執筆者一覧

森田達也 聖隷三方原病院副院長/ 緩和支持治療科 編著
田代志門 東北大学大学院文学研究科准教授 編著
新城拓也 しんじょう医院院長 
今井堅吾 聖隷三方原病院ホスピス科部長 
田村恵子 大阪歯科大学医療イノベーション研究推進機構専任教授/がん看護専門看護師 
明智龍男 名古屋市立大学大学院医学研究科精神・認知・行動医学教授 
馬場美華 吹田徳洲会病院緩和医療科部長 
池永昌之 淀川キリスト教病院緩和医療内科主任部長 
有馬 斉 横浜市立大学大学院都市社会文化研究科准教授 
清水哲郎 岩手保健医療大学臨床倫理研究センター長/ 教授 
一家綱邦 国立がん研究センター研究支援センター生命倫理部部長 
一原亜貴子 岡山大学学術研究院社会文化科学学域教授 
稲葉一人 弁護士/ 元判事 

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鎮静と安楽死のグレーゾーンを問う
   定価5,280円(本体4,800円 + 税)
   2023年06月発行
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