はじめに
この本を手に取られた方は,睡眠時無呼吸症候群(SAS)という病気に何らかの形で興味を持ってくださったのだと思います.SASという病名は聞いたことがあるし,CPAP(シーパップ)という治療機器があることも知っているけれど,実際どのように診療しているのかよく知らないという方も少なくないでしょう.SASの診療に取り組んでいる医師,検査や外来に関わるメディカルスタッフからも,もう少し詳しく病気のことを知りたいという声を聞きます.
本書は睡眠を専門としているわけではないけれど,SASの診療に関わる医師やメディカルスタッフ,これからSASの患者さんの診療を始めようと考えている医療機関の方々の役に立つように,SASという病気について基本から解説しています.わかりやすくすることを心がけ,また,応用が利くように厳密な理解を積み上げながら進められるように構成しています.
本書は7つのPartから構成されています.Part 1ではSASという病気を知るための土台となる基礎知識をまとめました.歴史的な背景,病態生理,診断基準,疫学データを提示して,Part 2以降の解説を理解するための共通認識を作ります.とくにPart 1の中で行う用語の定義は重要であり,SASという病名の曖昧さを排除するために,多くの人が診療の対象としてイメージするSASのことを,本書では閉塞性睡眠時無呼吸(OSA)と記述します.続くPart 2が本書のエッセンスであり,典型的なOSA診療の基本はここに凝集されています.Part 3以降には基本を補うための項目が続きます.
Part 1から順々に読み進めることで理解が深まるように構成していますが,気になるところから読み始めても構いません.各所に参照ページが記されていますので,関連する項目に移動しながら読み進めることもできます.各Partの冒頭では概要を示していますので,先に冒頭部分のみを読んで必要な情報を探しながら読んでもよいでしょう.順番に読む場合には,とくにPart 2をじっくり読むことをお勧めします.基本的なストラテジーを理解した上でPart 3以降に進むことで,より理解が深まります.
基本的なOSAの診療についてすでにご存じの方は,Part 3以降の知りたいところから読み始めてもよいでしょう.Part 3は医療連携を活用した実践的な診療の仕組みづくりを,Part 4は非典型症例に出会ったときの対応について解説しています.診療現場で実際に困っていることに当てはまるものがあれば,解決の糸口を掴むことができるでしょう.Part 5は応用編です.OSAの検査やCPAP療法についてもっと深く知りたい方や,幅広く睡眠医療のことを知りたい方にとって役立つ情報をまとめました.Part 6では少し視点を変えて,OSAに合併するさまざまな疾患を取り上げています.ふだん診療している疾患とOSAの関わりを知ることで,OSAを身近に感じて欲しいと思っています.
最後のPart 7では,実際の診療場面を想定した患者さんとのやりとりを紹介しています.全体の復習になるように最後のPartとして配置していますが,途中でPart 7を参照する箇所が登場するたびに,箸休めのように読んでもらってもよいでしょう.逆にPart 7から読み始めて,関連ページの項目を読むという形で進めてもよいです.
どのように読むかはみなさん次第です.この本を読み進めることで,OSAという病気に次第に詳しくなり,診療現場で患者さんの睡眠に注目する機会が増えることに繋がれば嬉しく思います.
すべての人にとって睡眠は必要であり重要なものですが,つい後回しになっているのが現状です.この本を手にとったみなさんは,睡眠の重要性に気づいた今日から睡眠診療にかかわる一員です.目の前にいる患者さんにも睡眠に注目してもらうことができれば,その患者さんの健康管理を一歩先に進めることができます.OSAの治療はそれ自体が健康管理の一貫ですが,睡眠の重要性に気づくことで健康に対する自己管理能力を高める手助けになる可能性があると思っています.
それでは,可能性を秘めた睡眠診療の世界への扉をどうぞ開いてください.
2023年5月
富田 康弘