はじめに
本書を手に取っていただきありがとうございます.私は地方のリハビリテーション病院で働く薬剤師です.薬剤部での調剤業務より,患者さんの薬剤管理について病室やナースステーションで医師や看護師,リハスタッフなど他職種の方々とディスカッションするのが大好きなちょっと変わった(自称)若手の薬剤師です.
調剤業務や病棟業務が独り立ちできるようになってやっと見えてきた景色があります.それは,担当患者さんが超高齢者ばかりということ! 高齢患者さんはそもそも病気を複数抱えていることが多く,病気ごとの診療ガイドラインに沿って薬を処方するとあっというまにポリファーマシーになってしまいます.先日,圧迫骨折の90歳代の女性患者さんが入院時に20種類以上の薬を持参され,びっくりして体が固まってしまったことを覚えています.
日本は世界に類を見ない超高齢社会を迎えました.2021年の高齢化率は29.1%,4人に1人以上が高齢者となり,高齢者がマジョリティーの時代がやってきました.平均寿命も男性が81.5歳,女性が87.6歳と世界有数の長寿国です.
その一方で,健康寿命は男性72.7歳,女性75.4歳と報告されており,平均寿命との間に約10年の乖離があります.日本人は世界一の長寿民族である一方,人生の最後の10年はなんらかの介護が必要な状態で暮らしているのです.
薬学部での6年間は,薬理学や薬物動態学,製剤学,薬物治療学といった薬学全般についてみっちり学びました.そこでは,対象が高齢者であるということを考えたことが(誇張でなく)全くありませんでした.おそらく医学部でも同じでしょう.私たちが学んできたのは「疾患」や「病気」であって,「ヒト」ではなかったのです.しかし,高齢者の医療モデルは「疾患モデル」から「高齢者(ヒト)モデル」へシフトしていく必要があります.
本書のテーマは書名の通り「高齢者の薬物療法の勘所」です.高齢者医療をサバイブする私のような若手の薬剤師が知っておくべき内容を欲張りに詰め込んだお得な一冊となることを目指しました.つまり,私自身が読みたい本を形にした一冊です.きっと読者の皆様にも興味をもっていただける書籍になったと確信しています.高齢者における疾患別の薬物療法のポイント,セッティング別の薬剤管理の注意点について,臨床や研究の第一線で活躍する先生方に執筆をお願いしました.
皆様にとって,本書が高齢者に対して適切な薬物療法をすすめるためのポイントが手に取るようにわかる座右の書になれば嬉しいです.もちろん,薬剤師のみならず医師や看護師などいろんな職種の方々に手に取っていただければと思います.
2023年 早春
松本彩加