序 文
日本胸部外科学会が公表している年次レポートによると,本邦における心臓血管外科の領域では毎年約70,000件の手術が行われており,その総数は漸増の傾向にあります.心臓血管系疾患の件数が増加している要因は,高齢者人口比率の急速な増加があげられ,特に動脈硬化と関連の深い大動脈瘤や大動脈弁狭窄症の増加は驚異的です.疾患の数的増加とともに,多様な手術手技を駆使した対応によって手術成績が向上していることも,手術件数増加の要因と考えられます.従来ハイリスクとされていた高齢者や多臓器疾患を有する患者に対して,ステントグラフトを用いた血管内治療・経カテーテル大動脈弁置換術(TAVI)・低侵襲心臓手術(MICS)などが普及することによって,治療成績も良好であることが示され,さらに手術適応は拡大されつつあります.
疾患や治療を受ける患者の“Diversity(多様性)”に対応すべく,心臓血管外科手術は時代の流れとともにいくつもの変遷を遂げてきました.一方で,自治医科大学附属さいたま医療センターでは,先々代・先代教授の時代から基本手技の習得に重点を置いて若手医師に対する指導を重ねてきました.次世代の若手医師を育成し多くの優秀な心臓血管外科医を輩出することが,施設のみならず地域全体の医療を継続して発展させるための持続可能な目標「Sustainable Development Goals(SDGs)」として脈々と受け継がれてきた経緯があります.
今回,自治医科大学附属さいたま医療センターのスタッフが中心となって分担執筆した本テキストの内容は,当センターで30年以上前から受け継がれてきた基本手技マニュアルを時代の変遷とともに改変してきたものであり,一貫して若手医師が習得すべき基本手技として存在しているものです.基本手技マニュアルは,心臓血管外科医だけのものではなく,手術に加わるチームのすべての構成員によって共有すべきであり,手術の流れを,麻酔科医・集中治療医・ナース・臨床工学技士,などあらゆる業種のスタッフが事前に理解していることで,手術時間の短縮・コスト削減はもちろんのこと,医療安全上も有益であり,手術成績の向上にも寄与することと思われます.
若手医師・医療スタッフを育成しつつ,良好な診療実績を追求することが,持続可能な発展目標につながることと信じて受け継がれてきたこの『虎の巻』を,これからの将来を嘱望されている心臓血管外科医師をはじめ,心臓血管外科診療に携わろうとしている各種診療科・パラメディカルの皆様にも共有したいと思います.心臓血管外科の診療はハードルが高いと思われているかもしれませんが,この『虎の巻』をご覧になっていただければ,意外とすんなり入り込むことができるかもしれません.
2022年11月
自治医科大学附属さいたま医療センター心臓血管外科 教授
山口敦司