はじめに
皆さんは東洋医学にどんな印象をお持ちだろうか? 怪しい民間医療? 鍼を刺したり、お灸を燃やしたり、なんだか怖そう? 確かにその通り。私もこの世界に入る前はそう思っていた。
しかし現在、東洋医学に対する世間の関心は年々高まっている。医学はすさまじいスピードで進歩し、大抵の人は昔よりもはるかに長生きし、以前は不治の病とされていたさまざまな病気に対しても、新たな薬や治療法が誕生し…ついには再生医療までもが現実のものとなりつつある。しかしそれでもなお、日々体調不良を感じ、ストレスや不眠、正体不明の痛みや不快感に悩まされ、なのに病院の検査では異常はなく、漫然と薬の量ばかりが増えていく─そんな人々が増加の一途を辿っているからだ。こんな矛盾した時代にあって、伝統的な医学や生活習慣の見直しによるセルフケアに注目が集まるのは、ある意味で必然だろう。実際、漢方薬を積極的に用いる医師も随分と増え、看護師や理学療法士といった西洋医学に携わる方々、ヨガインストラクターやスポーツトレーナーなど人の身体に携わる人々の間でも、東洋医学を取り入れたい、学びたいというニーズは増えてきている。
一般に「東洋医学」といわれるものは、東アジアに普及している伝統中国医学(以下、中医学と呼ぶ)、南アジアのアーユルヴェーダ、ヒマラヤ山岳地帯のチベット医学、そしてイスラムのユナニ医学がその範疇に入る。これらは「4大伝統医学」と呼ばれ、それぞれの地域で今も現役の“活きた医学”だ。このうち日本で国家資格として認められているのは、中医学の一分野である鍼灸となる。はり・きゅう師は、その資格取得の過程で現代医学を一通り学び、加えて伝統医学に基づいた理論と手法も学ぶ。日本の中では東洋医学に最も精通した者たちが「はり師・きゅう師」ということだ。
しかし、はり・きゅう師が皆、西洋と東洋、両方の医学を十分に活かして患者と向き合っているか? というと、なかなかに難しい。伝統医学はいずれも古代の哲学や思想を基礎に成り立つ医学体系であるため、そちらを重んじれば現代医学からかけ離れ、ともすれば施術者の独りよがりに陥りやすい。さりとて西洋医学に偏れば、伝統医学本来の持ち味である「現代医療とは別の角度から病と人を診る」という意義が失われてしまうからだ。
私もこのジレンマに悩まされながら、長年臨床に立ってきた。その中で私自身が必要と感じるテキスト、その都度のヒラメキ、その根拠となる医学知識を、自分自身のレポートとして書き溜めてきた。それが本書の原点となる。本書の中では特に、中医学を「現代医学との共通言語で」どう説明するかに焦点を置いているが、どうにも説明がつきにくい難題に対しては、個人的な推論が挟まるのはどうかご容赦願いたい。
私はこの書を、私自身が欲しいと思えるようなテキストにしたいと思って書き進めた。
私と同じジレンマを抱える同業者の皆さん、新たに東洋医学を学びたいと思っている多くの方に、この書がお役に立つことを願っている。
2023年2月1日
吉田 啓