序文
どんな脳血管内治療のエキスパートも最初から上手であった訳ではありません.先輩や自分より経験豊富な先生のテクニックを見聞きして勉強したのだと思います.脳血管内治療に限ったことではありませんが,手術技量を上達させるには上手な人のテクニックを真似ることが一番の早道です.そこに自分なりのひと工夫が上乗せできれば,よりレベルの高い技術を修得することができます.
本書は“脳動脈瘤に対する血管内治療”,特に若手から中堅の先生方の入門書として“未破裂脳動脈瘤に対するコイル塞栓術”に焦点を絞りました.実臨床において破裂瘤と未破裂瘤は同じ脳動脈瘤ですがその治療目的は大きく異なります.破裂瘤は直近の再出血予防が最大の目的であり,誤解を招くかも知れませんが多少の不完全閉塞や軽微な合併症は許容され易いと言えます.しかし,未破裂脳動脈瘤は患者さんの多くが無症候であり出血予防だけでなく解剖学的に満足できる塞栓を行わねばなりませんし,たとえ軽微であっても合併症は許容され難いものがあります.従って,未破裂脳動脈瘤に対する血管内治療は安全性を担保しつつも十分な塞栓結果を得ることが求められており,それらを両立させるためには術者が高いテクニックを修得している必要があります.近年はフローダイバーターや瘤内フローディスラプターなどコイル以外の新しい塞栓デバイスが導入されていますが,コイル塞栓術がガイディングカテーテル留置,ガイドワイヤー・マイクロカテーテル操作,コイル挿入と血管内治療の極めて重要な基本手技であることに変わりはありません.
そこで本書では希有な症例やコイル以外の新しい塞栓デバイスは敢えて除き,日常臨床で取り扱うことが多い一般的な未破裂脳動脈瘤に対するコイル塞栓術についてエキスパートの先生方のテクニックを紹介します.教科書ではありませんので最初から通読する必要はなく,今まさに治療しようとしている脳動脈瘤に似たものをキーワードから検索できるようにしてあります.そして,エキスパートのテクニックを真似て盗んで下さいと言うコンセプトを取っています.「エキスパートの一言」は一般論を含めたアドバイス的な内容を,「エキスパートのつぶやき」はこだわりのテクニックやデバイス,ちょっと教科書には書きにくいような本音です.これらは困った時の助け船になることがあるかも知れません.
本書が読者の皆様の未破裂脳動脈瘤に対するコイル塞栓術テクニック向上に少しでもお役に立てればこれほど嬉しいことはありません.
2022年12月
順天堂大学医学部附属順天堂医院脳神経外科・脳神経血管内治療学講座 教授
大石英則