はじめに
私と認知行動療法との出会いの話をさせてください.
私は精神科医ですが,極めて分子生物学的な研究領域で仕事をしてきました.もちろん,臨床の業務をしなければならないので,精神療法的な技法も必要でした.それに対しては,先輩に少し教えられたことや本などを少し読んで,自分なりにやりくりしていました.きっちり精神療法を学ばないといけないとは思っていましたが,今さら精神分析療法など難解なことにチャレンジする根性もなく,「我流」精神療法でお茶を濁していました.
10年以上も前になりますが,私はとある学会のランチョンセミナーに昼食を取るべく参加しました.それは,共編者である大野裕先生の認知行動療法に関するものでした.当時,認知行動療法に対する私の理解は浅く,さまざまな手法を駆使する,ちょっと面倒くさい感じの精神療法と受け止めていました.私はお弁当を食べながら,大野先生のお話を聞き始めました.大野先生の優しくかつ明快な認知行動療法についての解説に思わず箸を止め,メモを私は取り始めました.衝撃的でした.精神療法の勉強について,難解で面倒くさいと敬遠してきた私にとって,実際にできそうな精神療法に出会った瞬間でした.認知行動療法は極めて理論的なものだったのです.早速,大野先生に弟子入りをお願いして,温かく迎えてくださり,「不肖の」弟子の私の今の存在があります.
今回,中外医学社さんより,日常臨床に対する実践的な認知行動療法のハンドブックのお話がありました.実践的なものにするため,対象疾患に分けてそれらの認知行動療法のエキスパートの先生に執筆をお願いしました.個々の疾患の具体的な認知行動療法の実践を理解していただけると思います.
個々の疾患の必要な部分を読んでいただいて結構なのですが,是非,初学者の方は通読をお勧めします.それにより,私が大野先生のセミナーで味わった衝撃を感じていただけたらと切に希望します.
2023年1月
大阪大学キャンパスライフ健康支援・相談センター 教授
工藤 喬
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おわりに
本書は,認知行動療法を一般の臨床場面で活用するようになっていただきたいという工藤喬先生の発案で企画されました.認知行動療法というと,マニュアルに沿って型どおりに実施する対話療法というイメージがありますが,本書を読んでいただければわかるように,そのような堅苦しいものではありません.精神疾患など,心身の不調に苦しんでいる人がしなやかに行動し考えて自分の人生を取り戻せるように手助けするアプローチです.
認知行動療法は「常識の精神療法」といわれていることからもわかるように,多くの臨床家が日常臨床のなかで使っている効果的な方法を,効率的に提供できるようにまとめたものです.そこで,本書では,精神疾患ごとに本邦のリーディングエキスパートの方々に認知行動療法の実施の基本型を解説していただきました.そのうえで,それぞれの執筆者の方々が臨床場面で行われている工夫についても紹介していただきました.
その結果,疾患横断的に活用できる認知行動療法のエッセンスと,各疾患ないしは症状に特異的なアプローチを理解していただける内容になったと思っています.ぜひ,本書を通読していただいて,日常臨床のなかで認知行動療法を患者さんの役に立てていただけることを願っています.
2023年1月
一般社団法人認知行動療法研修開発センター 理事長
大野 裕