緒 言
日本小児科学会により「MRI検査時の鎮静に関する共同提言」が,2013年5月に公表された同じ年の10月に,医療現場で実際に鎮静・鎮痛を行うことが多い小児科医を対象として,小児麻酔科医の中心的存在であった故堀本洋先生らの編著による『検査と処置のための鎮痛・鎮静』という書籍が中外医学社から発刊された.そして,2020年にその共同提言の改訂版が公表されたのを受け,この度,再び小児の鎮静・鎮痛に関する本書を同じ中外医学社から発刊できることは,大きな喜びであるが,同時に強く責任を感ぜずにはいられない.
この10年間,医療事故・医療訴訟,医療者と患者との関係,医療者の過重労働と医療安全,に加え,コロナ禍での医療など,日本の医療現場は大きな変革の時期を迎えている.残念ながら,この間にも,小児鎮静・鎮痛に関して不幸な結果を招いた事例も複数あったことから,小児医療においても医療事故,医療安全という言葉が広く一般に広まり,世の中の目は厳しくなり,医療安全のために医療機関では様々な対策がとられるようになった.同時に,医療安全のための医療機器の普及,新たな開発,そして,鎮静に対する診療報酬の改定など,医療を取り巻く社会全体も大きく動き始めている.
そこで本書は,これからの時代の大きな変化にも対応できるように,単なるマニュアルではなく,また,単なるアップデートではなく,現在までの鎮静・鎮痛の歴史を学んだうえで,小児科医として必要な解剖学,生理学,薬理学的知識の科学的根拠を持ち,実際に何を学べばいいのか,どのように学べばいいのかなど,鎮静・鎮痛に対するアプローチ方法を自らが考えられるような構成になっている.各種医療現場での実際の対応方法の詳細はもちろんのこと,鎮静・鎮痛の適応そのものを考える『鎮静に代わるもの』,『法的問題』,『診療報酬』など,鎮静・鎮痛を取り巻く様々なことを本書では学ぶことができる.
子どもの安全を守るためには,まず,子どもの安全を守る気持ちがなくては成り立たない.しかし,一方,気持ちだけではなく,しっかりとした知識と経験に基づいた適切な方法を学ぶことが不可欠である.繰り返しとなるが,本書を読むことで,鎮静・鎮痛を単にマニュアル通りに行うだけでなく,科学的な根拠に基づき現場で自ら考えることができ,あらゆる子ども達の鎮静・鎮痛に関して,何をすべきか,何をしてはいけないのか,などに気づくことができる.本書により,結果として鎮静・鎮痛を受けるすべての子ども達の安全が守られることを期待している.
最後に,忙しい中,本書のために数多くの時間を費やしてくれた著者の先生方,企画から著者の先生方との連絡,編集,校正に至るまで粘り強く支えてくれた中外医学社の企画部,編集部の皆様,特に上岡里織様に,心より感謝する.
2023年1月
草川 功