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書籍詳細

医師が知っておきたい倫理学・医療倫理

医師が知っておきたい倫理学・医療倫理

その医療行為は倫理に適っていますか?

川畑信也 著

A5判 192頁

定価3,520円(本体3,200円 + 税)

ISBN978-4-498-14836-9

2023年01月発行

在庫あり

医療の現場で直面する倫理に関する諸問題に向き合ってきた医師の立場から倫理学,医療倫理を解説した.基本的な倫理学,医療倫理の知識を押さえた上で,安楽死や終末期医療,告知,高齢者医療など,現場で実際に遭遇しうる問題について説明.患者だけではなくその家族・医療従事者の多様な社会的・心理的背景要因からの視点を踏まえ,稀ではないが困難な医療倫理の問題の解決の糸口となる一冊.

はじめに

 私たち医師には,日々の診療で倫理学あるいは医療倫理に基づいて診療を行っているという意識は少ないと思います.しかし,医療現場で解決しがたい課題,たとえば安楽死の是非について決断せざるを得ない状況に遭遇すると,その安楽死が正しい行為なのか否かを検討しなければならないのです.このとき,その判断の手助けになるのが倫理学,医療倫理と呼ばれる学問です.
 しかし,医療倫理を含めた倫理学の書籍を通読して感じることは,その倫理的考察が実際の医療現場に即した内容になっているのかが甚だ疑問であり,臨床の現場で本当に役立つ学問なのだろうかとの思いです.たとえば,最近の医療倫理では,パターナリズム(温情的父権主義)は不適切な考えかたであり,現在は患者自身の判断や自己決定権が最優先されるリバタリアニズム(自由至上主義)が主流であると主張しています.患者自身の判断に基づく同意が存在しない医療は法的には違法であり,また倫理的には患者の判断や意思決定が最優先されるべきであるとされています.しかし,医療現場では,自らで意思決定をできないあるいはしない,したくない患者や家族が相当数存在しているのが実情ではないでしょうか.また人の判断や意思決定には種々のバイアスが存在することに関して倫理学,医療倫理は無関心あるいは視野に入れていないように感じます.医療倫理を扱う書籍を熟読すると,知的能力の高い,あるいは社会的道理を十分弁えた患者や家族に当てはめるならば確かに書籍の内容通りだなと思えるのですが,医療現場では必ずしもそのような人々ばかりではなく,現在の医療倫理の書籍には机上の空論を唱えているとしか思えない記載が多すぎるのです.私たち医師が遭遇する患者やその家族は,教育歴や知的能力,生活環境,経済状況,家族との関係性,性格,人生に対する価値観などの背景要因が多様であり,医療倫理に関する書籍が説いている内容はそのなかで比較的解決の糸口をみつけやすい,あるいは解決しやすい課題を取り上げているにすぎないように感じます.また,実際の医療現場では稀にしか遭遇しないような状況を意図的に設定したうえでその課題を話題にしていることも少なくありません.多分,座学で倫理学や医療倫理を学んできた学者が頭のなかで構想したことを書籍にまとめているので現実の医療現場とかけ離れた思考になっているのでしょう.実際の医療現場に役立たない倫理学,医療倫理は捨て去られるべきです.
 本書は,現場で働く医師の目からみた医療に関する諸問題について批判的な立場から倫理学,医療倫理を解説するとともに実際にどう考えていったらよいかについて解説することを目的としています.本来,医療倫理を語るときには,患者あるいは家族,医療従事者らの心理的な要因やその背景などを考慮すべきだと思うのですが,現在の医療倫理の書籍にはその視点が欠けていると言わざるを得ません.アンスコムは,「道徳哲学の研究は,心理に関する適切な哲学を手に入れるまでは,棚上げしておくべきものであり,われわれはその哲学を著しく欠いている」(大庭 健 編.現代倫理学基本論文集III 規範倫理学篇 (2),p141)と述べています.アンスコムの指摘は今後の医療倫理の課題ではないかと考えています.本書は,倫理学に関して全くの素人である著者が巻末にある書籍を熟読した上で作成していますが,倫理学の専門家から誤った解釈や独善的な意見が多々みられるとの指摘を受けるかもしれません.その折には何卒ご海容を願えれば幸いです.本書が医療現場で働く医師をはじめとする医療関係者が医療倫理の問題に直面したとき,少しでもお役に立てることができれば,それは著者の望外の喜びとするところであります.

2023年1月
川畑信也

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目 次

第1章 これだけは知っておきたい倫理学,医療倫理の知識
  A 事実と価値とは同一ではない
  B 倫理的判断の一貫性
  C 倫理的判断の公平性
  D 倫理の4原則
  E 倫理の4原則が対立する場合の考えかた
  F すべりやすい坂論法
  G 医学的無益性という概念について
  H 自己決定権に対する批判的見解
  I 臓器移植と自己決定権
  J 思考実験と臨床の現場における課題との齟齬
  K ハード・ローとソフト・ロー
  L 主な倫理理論の概略

第2章 倫理学,医療倫理から考える医師・患者関係
  A 法律からみた医師・患者関係
  B パターナリズムとリバタリアニズム
  C リバタリアンパターナリズム
  D 医師・患者関係のモデル
  E 受け入れ難い医療行為を求める患者への対応
  F 治療を拒否する患者への対応
  G 理解力のない患者や家族への対応
  H 既存の倫理学,医療倫理は実際の医療現場で役に立つのか

第3章 インフォームド コンセントと守秘義務における倫理的課題
  A わが国に導入されたインフォームド コンセントの立ち位置
  B 倫理からみたインフォームド コンセント(IC)の必要性
  C インフォームド コンセント(IC)が成立する要件
  D インフォームド コンセント(IC)が免除される場合
  E 同意能力に欠ける成人患者における治療方針
  F 同意能力のない未成年患者の治療方針
  G 医療現場におけるインフォームド コンセント(IC)実施の困難さ
  H 事前指示書を呈示された際の医師の対応
  I 事前指示(書)の倫理的問題点
  J 救急医療とインフォームド コンセント(IC)
  K 認知症患者とインフォームド コンセント(IC)
  L インフォームド コンセント(IC)に対する疑問
  M インフォームド コンセント(IC)と民事・刑事訴訟
  N インフォームド アセント
  O 倫理学からみた医師の守秘義務
  P 法律からみた医師の守秘義務とその解除の事由
  Q HIVなどの感染者における守秘義務
  R 倫理からみた遺伝情報の取り扱い

第4章 倫理学,医療倫理からみた安楽死・尊厳死
  A 安楽死・尊厳死の定義
  B 倫理学における意図と予見
  C 作為と不作為は道徳的に同じなのか,異なるものなのか
  D オランダにおける安楽死容認の経緯とその実情
  E オランダにおける安楽死をめぐる手順
  F オランダでの認知症患者の安楽死裁判
  G 法律からみた安楽死・尊厳死
  H わが国における安楽死をめぐる事件・裁判
  I 倫理からみた医師による自殺幇助
  J 倫理理論から考える安楽死の是非

第5章 倫理学,医療倫理からみた終末期医療
  A 終末期医療の多様性
  B 日本学術会議 死と医療特別委員会による延命治療中止の条件
  C 厚生労働省による人生の最終段階に関するガイドラインとその問題点
  D 日本医師会の終末期医療に関するガイドラインとその問題点
  E 全日本病院協会の終末期医療に関するガイドラインとその問題点
  F 日本老年医学会による高齢者ケアに関するガイドライン
  G 3学会提言の救急・集中治療における終末期医療に関するガイドラインとその問題点
  H 重篤な疾患をもつ小児における治療の中止
  I 透析療法における透析の差し控えと継続中止
  J 医療現場におけるDNRあるいはDNARの意味づけ
  K 倫理学,医療倫理からみた終末期医療の問題点
  L 実際の医療現場では終末期医療にどう対応したらよいか

第6章 倫理学,医療倫理からみた診療ガイドラインの性格
  A 診療ガイドラインの課題
  B 診療ガイドラインの法的位置づけと医療側の反発
  C 功利主義からみた診療ガイドラインの功罪
  D 義務論からみた診療ガイドラインの功罪
  E 徳倫理学からみた診療ガイドラインの功罪

第7章 病名告知・真実告知は倫理的に適ったことなのか
  A 医療現場で行われる真実告知と異なる医療行為
  B 倫理理論からみた病名告知
  C 不治の病と診断される患者への病名告知・真実告知
  D 理解・判断能力の喪失した認知症患者への病名告知
  E 医師の技量に関する真実告知

第8章 高齢者医療をめぐる倫理的問題
  A わが国における高齢者人口の推移
  B 人の死亡場所はどこか
  C 年齢による差別
  D 高齢者の意思決定能力,意思表示能力
  E 高齢者のポリファーマシーと倫理的課題
  F 高齢者虐待と倫理的課題
  G 高齢者の治療は控えるべきか

第9章 事案から考える医療現場で遭遇する倫理的問題
  ・プラセボ薬の処方は倫理的に許されるのか
  ・患者や家族から無益あるいは不適切な医療を求められたときの対応
  ・治療に非協力的な患者にどう対応したらよいか
  ・患者あるいはその家族から謝礼や贈答品をもらうことは倫理に反することか
  ・患者は在宅生活を希望するが家族が施設入所をさせたい場合にどうしたらよいか
  ・医師と患者の恋愛関係は倫理的に許されるのか
  ・他の医師が不適切な治療をしていることが判明したとき,どうしたらよいか
  ・嚥下障害のある患者が経口摂取を希望するときにどうしたらよいか
  ・新生児が手術を必要とする疾患を有しているが両親がその手術実施に同意をしない場合にどうしたらよいか
  ・医療機関の外で行う医療行為に法的問題はないのか

  参考書籍
  索引

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執筆者一覧

川畑信也 八千代病院神経内科部長,愛知県認知症疾患医療センター長 著

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