はじめに
「賢者は歴史に学び,愚者は経験に学ぶ」といいます.医療の現場では「歴史」は「論文」に言い換えられるでしょうか.勤務医時代は,小児循環器を中心に一般診療にも携わっていましたが,実はプライマリケアをそれほど掘り下げていたわけではありません.しかし開業して町医者となれば,便秘の子どもも診ることになります.当時はまだ日本の診療ガイドラインがなかった時代で結構苦労しましたが,このころ出たのがROME IIIの国際基準です.ここに便秘の定義が示されています.引っかかったのは「トイレが詰まるほどの大きな便」というところでした.ちょっと極端すぎるなと感じました.日本人ではこのようなケースはあり得ないと思っていたのです.
それから数か月後.初診の便秘の子が来ました.腹部エコーでは巨大な便塊が見えます.まずは浣腸と…….数十分後……見事にトイレが詰まりました.スタッフがラバーカップ(=すっぽん)で頑張りましたが,治りません.結局業者に頼んで便器をすべて取り外さないとダメでした.請求額1万4000円.自らの経験不足が身に沁みました.
一方,「歴史(論文)」には問題もあります.便秘の論文内容と,自らの経験にずれが出ることがあるのです.通常,医学に関する論文を読むと,経験と照らし合わせて「なるほど!」と納得することが多いと思います.今の科学論文はEvidence baseになっているので,誰がやってもそれに近い結果が出るからです.しかし,こと便秘論文に限ってはストンと落ちてきません.治癒率然り,牛乳除去然りです.子どもの慢性便秘の病態にも混迷がみられます.きわめて難治とされる通過遅延型便秘は13〜25%にあるとされますが,「便秘の4〜5人に一人は治らない言うんかい!」と突っ込みたくなります.
混迷の最大の原因は,これまでプライマリケアからの情報発信がなかったことです.患者さんが最初に訪れるのは町の開業医でしょう.経験豊富なプライマリケアからの情報発信がなければ,便秘管理の本来の姿は見えてきません.「小児機能性便秘症診療ガイドライン」が2013年に出され,ようやく光が見えました.しかし,それでもまだプライマリケアの現場とは多少のずれがあるように思います.本書ではプライマリケアの便秘診療の実際を「論文」と「経験」からお話しすることにします.
2022年4月
冨本和彦