はしがき
古今東西を問わず問診と身体診察は診断の基本だが,200年前にラエンネックが発明した聴診器は,その携帯性ゆえ身体診察に必須のツールとなった.私が外科に入門した40年前もこのスタイルは続いており,「指先に目を持て」「聴診は耳の間(脳)で聞け」と言われ,競うように修練したものである.
しかし,卒後2年目にエコーで胆嚢を見たとき,それまで一生懸命にやってきたことが音を立てて崩れたように感じた.そして,エコーは診療に不可欠なツールになると確信し,腹部エコーを独学で習得し,その後心臓血管外科に進んでからは,経食道心エコー(TEE),経胸壁心エコーも習得した.当時,エコー装置は精密機器なので動かしてはならないと言われていたが,ICUと隣の手術室,外科病棟だけお許しいただき,数100 kgの装置を運んで,周りから奇異な目で見られながらも周術期の患者や救急患者,病棟で急変した患者にTEEや体表エコーを使った.動かすのは大変だがメリットの方が上回るとしばしば感じ,私一人がそれを知っていてもダメだと考え,経験や知見をまとめて『ER・ICUエコー活用術』(へるす出版)を上梓した.2010年にVscanが登場したとき,この本がきっかけで救急医学会の「救急塾」にお声がけいただき,講師4人で『Vscan活用法』(へるす出版)を上梓した.その後,『携帯エコーを使った「超」身体所見』(メディカ出版)では,「エコーは身体診察の一部」という考えを紹介した.
現在,ポケットサイズの携帯エコーでも,画質は一昔前の据え置き型装置に匹敵するレベルである.現在のiPhoneが1990年代のスパコンとほぼ同レベルの処理能力であることを考えれば,何ら不思議ではない.据え置き型汎用機も,かつての専用機並みの性能である.そうなると,以前はCTでしか得られなかった情報の多くが診療所や在宅でも得られるようになる.一方,通信技術も各段に進歩し,遠隔診断も技術的には可能である.ただ,それを実現するにはツールの性能を十二分に引き出すことが必要である.つまり,「技術革新」に加え,それを活用するための「活用革新」が必要な時代となったのである.そして,今ではそれが律速段階となっている.そこを突破するには,私のように携帯エコーから三次救急まで経験した者が何とかしなければならないと感じ,本書を書くこととした.エコーが一人でも多くの人にメリットとなる世の中を願いつつ,本書をお届けしたい.
2022年8月
渡橋和政