まえがき
本書を読めば,ERの迅速血液検査(血ガス,電解質,Cr,hCG)を完璧に使いこなせるようになります.えっ,すでに使いこなしている? では,次の(A)(B)(C)はそれぞれ正しいでしょうか?
(A) Anion gapから代謝性アシドーシスの鑑別を進める(6〜11ページ)
(B) 血ガスが正常なので挿管はしない(103〜104ページ)
(C) 若い女性ではCT前にhCGを検査し,正常妊娠を否定しておく(232ページ)
実は,これらはすべて正しくありません(理由は本書の該当ページを参照).
血ガスなどの迅速検査はPOCT(point of care testing)と呼ばれます.POCTは数分で結果が出るので,ベッドサイドですぐにアクションできることが長所です.たとえば,意識障害患者さんに対して簡易血糖測定で低血糖と診断し,ブドウ糖を投与,といった具合です.POCTを使いこなせば,正確で迅速なER診療が可能となります.
そして本書は,このPOCTのうち血液検査に特化した(おそらく初の)実用書です.このテーマを選んだのは,多くの血液検査のPOCTが十分に活用されていないからです.ERには,上記の(A)〜(C)以外にも,POCTを巡る問題が溢れています.なぜPOCTが正しく使われないのでしょう? その原因は,POCTの(1)目的,(2)評価法,(3)マネジメントが十分に教育されていないことにあります.
(1)POCTの目的の問題
上級医から「なぜ血ガスを取ったのだ(怒)!」と指導されることはまずありません.POCTは採血ついでに,勝手気ままなオーダーが許容されます.しかし,目的があいまいな検査は,誤って使われる可能性があります.
私は,目的なく取ったPOCTの異常値を前に若手医師が思考停止している光景を何度も見てきました.検査を正しく使いこなすための第一歩は,目的をハッキリさせることです.そこで本書では,すべてのPOCT症例でその目的を考えてもらい,私が解説するところからスタートします.さらに,POCTが不要な症例については「検査しない!」と明言します.
(2)POCTの評価法の問題
実は,血ガスの電解質を用いたanion gapは不正確です.正確なanion gapの計算には,1時間後の生化学検査の電解質が必要です.多くのコンサルト医は数時間後に検査結果がそろった時に相談を受けます.このタイミングならanion gapも利用可能です.
しかしERで来院10分後の血ガスでは,anion gapに頼らない評価方法が必要です.そこで本書では,anion gapを使わないER版のPOCT評価テクニックを解説します.POCTだけでなく,同時に入手可能な病歴・バイタルサイン・薬歴・心電図・エコー検査などの情報も利用し,より実践的なPOCT評価方法をすべての症例で徹底解説します.
(3)POCT後のマネジメントの問題
従来のPOCTのテキストは,診断がつけば解説が終わることが多かったです.しかし臨床医が知りたいのは,「〇〇アシドーシスには△△を点滴する」とか,「この低Naは□□で補正する」といった具体的なアクションです.POCTは評価とアクションがセットなのです.
ところが,血ガスの直後に毎回マネジメントを教育してくれる機会はまずありません.多くの場合,医師は独学でPOCTの評価とアクションを学ぶしかありませんでした.そこで本書では,POCT評価後のベストマネジメントを詳しく解説します.読者は,マンツーマンでPOCTのアクションプランを一流のメンターに教育される錯覚に陥るはずです.本書通読後は,POCTが出た瞬間に一人で完璧なアクションができるようになることを約束します.
─ The things that you’re going to have to learn to do differently is extensive.
But the good news. Those things you’re not gonna be able to do is small.
─ これから君が新しく学ばなければならないことは山ほどあるんだ.
けれど,幸運にも,できないことは少ししかないはずだよ.
(デヴィッド・ロビンスキー医師『ソウル・サーファー』)
最後に,ハンターシリーズで隠れた人気があった格言集,前作ではいったん封印しましたが今回は復活させました.(その点も大いに含め,)シリーズの最高傑作になったと自負しています.さぁ! 本書を読んでみなさんもPOCTハンターをめざしましょう!!
2022年4月
マスイノブタカ