Ver.5のまえがき
言うまでもないことですが,本書Ver. 5と前作Ver. 4の最大の違いは,コロナ前か,以後か,という点ですね.覚えていーますーかー♪ コロナの前のーじだーいー♫.
けれども,コロナにみんなが注目している間に,抗菌薬の世界も大きく変化しています.多剤耐性グラム陰性菌対策の切り札,と目されていたコリスチン(ポリミキシン)はすでに「時代遅れの薬」扱いされています.その一方,緑膿菌には効くんだけど可もなく不可もなしで,どうも個性ねえなー,と格下扱いされていたアズトレオナムが耐性菌対策の真打ちレベルにまで下剋上していたりします.コロナに気を取られて勉強を怠っていると,まじで,時代に乗り遅れますぜ.
とはいえ,本書はそういう世の中のトレンドに乗っかるだけの本ではありません.あくまでも「考え方」の本ですから,「コリスチン,格下げだってよ」みたいな豆知識(だけ)を提供したいわけではないのです.なぜ,そうなのか,を丁寧に......別名,ねちっこく......理路を示すのが本書の目的です.
こういうときは,ああやっとけ.こういう「ハウツー」なアプローチは楽なんです.そして便利なんです.実際,このアプローチが有効な疾患も多いです.
ま,典型的なのは COVID-19ですね.今(2022年2月)はオミクロンな第6波の真っ只中にあります.日本では臨床感染症のプロは希少種ですから(だれだ,奇行種って言ってる奴は.当たってるけど),こんな巨大なパンデミックにスタンドアローンで立ち向かえるわけがありません.というか,重症COVIDは9割がた集中治療の専門領域でケアする疾患ですから,「ECMOの使い方も知りませーん」な我々(少なくとも俺)では歯がたたないのです.
というわけで,超大量の感染者に立ち向かうには大多数は自宅待機ー,相当数はホテル待機ーな公衆衛生な対策のみならず,軽症だったらゼビュ打って帰してください.
みたいな「ハウツー(R) 」で,非専門家の皆様にアウトソーシングするしかないんです.このゼビュ(ゼビュディ(R),ソトロビマブ)が,少し前は「ロナ」(ロナプリーブ(R) ,本文 Bonus Track 参照)だったりするわけですが,「そこ」はあんまり気にしなくていい.アルゴリズムの「ロナ」が「ゼビュ」に変わるだけで,とりあえず,こういうときは,ああやっとけ,型で,「今日から私もコロナ医者」になれるわけです.そう,あなただって,今からだって.
しかしながら,リアルワールドの患者さんは多様であり,型通りのパターン認識的な対応が通用するシーンはとても限定されています.実際には「こういうときは,どうすればよいのか ??」と悩みに悩むことも多いのです.いや,ちゃんと勉強して,考えている人ほど悩みは多いといってもよいでしょう. ぼくは『本質の感染症』(中外医学社)という本も書きましたが,本書は「本質の抗菌薬」と呼んでもよい存在です.抗菌薬の本質はどこにあり,目の前の多様な患者にどういう根拠で何を目指して使うのか?を丁寧に,ねちっこく考えるのです.考える,といってもそんなに巨大な頭脳を必要とするわけではありません.なにしろ,書いてる俺の頭脳がかなり残念な脳みそで,現在進行形で絶賛萎縮中ですから.「丁寧に考える」のに巨大な頭脳は要りません.必要なのは考えるのを止めないこと.みんな,途中で面倒くさくなって,考えるのをやめちゃうんです.
コロナの時代になって,一部の医療現場で抗菌薬使用がとても雑になりました.ろくに培養も取らずにタゾピペー(R) ,メロペーン(R) ,と脊髄反射的に(頭脳を使わずに)出しています.面倒くさくなって,考えるのをやめちゃってる.怖いから考えたくないっ,つーのもあるとは思いますが.
本書は怖くないので,ゆっくり丁寧に,端折らずに読んでください.すぐに読破しなくてもいいし,僕を論破しようと挑みかかってこなくてもよいです.お茶でもすすり,クッキーでもかじりながら 1 ページ,1 ページのんびり読んでいただければ大丈夫です.想定している読み手は,学生,看護師,薬剤師,臨床検査技師,研修医たちですが,シニアのドクターたちも読めばいろいろ発見があると信じています.僕らは死ぬまで勉強し続けることを義務付けられていますから(まじで),生涯学習のお供に本書を使っていただいてもとても嬉しいです.
2022年2月
岩田健太郎