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書籍詳細

脳虚血とニューロンの死

neuroscience library

脳虚血とニューロンの死

桐野高明 著

A5判 116頁

定価3,080円(本体2,800円 + 税)

ISBN978-4-498-02998-9

1996年05月発行

在庫なし

脳の虚血とそれによって起こるニューロン死を巡る研究の最前線をわかりやすく解説した書.脳虚血の病態,虚血によるニューロンの死の進行過程,グルタミン酸やカルシウムの役割,脳温度,ストレス応答とニューロンの蛋白代謝,脳虚血治療の新しい可能性,虚血と一酸化窒素など今日広範な研究者をひきつけている話題を明快にまとめた魅力あふれる書である.

はじめに

 この本では脳の虚血によって起こるニューロンの細胞死の問題を取りあげる.ごく大づかみにいうと,高齢になるに従って脳の血管が詰まりやすくなって脳の虚血を起こし,それが重大な後遺障害を残すことが実際的に大きな問題である.そこに関与する病態はかなり複雑であり,純粋に分析的なニューロサイエンスの対象として問題を単純化し,何処にターゲットを絞って研究をどう進めていくのかは易しくない.しかし最近になって,脳虚血の病態の最大の課題の一つである虚血性のニューロンの死が広い範囲の研究者のターゲットとして捉えられるようになってきた.
 脳は虚血に対して極端に弱い.それはニューロンが虚血に対して非常に脆弱なためである.われわれの体を構成する細胞は好気的な代謝を営んでいるから,いずれにしろ長時間の虚血には耐えられない.このような一般的な常識の範囲をはるかに逸脱してニューロンは虚血に弱い.このことが虚血による脳障害を深刻にしている第一の原因となっている.ではなぜニューロンはそんなに特別に虚血に弱いのだろうか.この問題をめぐって最近いくつかの進歩があった.その結果,ニューロンの脆弱性の機構が少しずつ明らかになってきた.ごく大雑把にかつ大胆不敵にいうとすれば,情報の処理と蓄積(記憶)をする細胞として高度に分化してきたニューロンがその方向への進化のために虚血に対する耐久性を喪失してしまったということではないだろうか.従って,ニューロンをニューロンらしくしている膜の受容体,イオンのホメオスターシス,細胞内の情報伝達系,遺伝子発現の機構などの全てが虚血によるニューロン死に関与する.そこで,近代的なニューロサイエンスの成果を援用して虚血によるニューロンの死を理解していこうという流れが強くなってきたのである.
 脳の機能を担うのはニューロンである.病気のためにニューロンが脱落していく事態は脳の機能の喪失につながる.脳の虚血ももちろんこのような病気の一部である.この他に遺伝性・非遺伝性の数多くの脳の疾患の基礎には選択的なニューロン死がある.このために,なぜニューロンが死ぬのかという問題を解決することが脳の病気を治療していくうえでの最大の課題になってきた.特に遺伝性の脳の疾患はその遺伝子を同定する研究がまさに飛躍的に進歩しつつあり,この方面からニューロンの死が解明される日も近いであろう.その一方で,パーキンソン病などの外因が原因と考えられる疾患も大きな問題となっている.脳の虚血はその発端となる虚血が血管閉塞という一見単純な原因で発生する.しかし,虚血という外因で進行するニューロンの死には,ニューロンの細胞死一般と共通する興味深い特徴があり,単に受動的な細胞の破壊という図式で捉えることは不十分である.
 虚血のような単純な病態で発生するニューロンの死がそう単純ではなく,また確実にわかっていることが少ないことに読者は驚かれることであろう.おそらく,複雑に見えるのはわれわれの知識が不足していて,何が最も重要なのか理解できていないためであろう.もっと見通しのよい理解が可能となり,ひいては脳虚血によるニューロン死の治療が現実のものとなる日の来るのを期待したい.

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目 次

第1章 脳虚血の病態
A.脳虚血とはどのような病態なのか
B.脳血管障害の問題は消失するのだろうか
C.脳虚血を起こす病気にはどのようなものがあるのだろうか
D.脳は虚血に対する耐久性がない
E.脳虚血とペシミズム
F.どうやって研究を進めていくことができるだろうか

第2章 脳虚血の実験的研究
A.脳虚血研究の主要なテーマとは
B.実験的脳虚血の実験モデル
C.局所脳虚血のモデル
D.全脳虚血のモデル
E.虚血性ニューロン死の研究のための実験モデルとは
F.虚血実験モデルの階層性

第3章 虚血によるニューロン死の進行過程
A.脳の虚血はニューロンをただちに殺すのか
B.どのようなニューロンも同じように虚血に弱いのだろうか
C.遅発性神経細胞死(delayed neuronal death)について

第4章 グルタミン酸毒性とニューロン死
A.グルタミン酸のニューロン毒性
B.神経伝達物質としてのグルタミン酸とその受容体
C.グルタミン酸毒性と脳疾患
D.エネルギー代謝障害に基づくニューロン死

第5章 脳虚血とグルタミン酸仮説
A.グルタミン酸と虚血性ニューロン死
B.どのような実験事実がグルタミン酸説を支持するか
C.グルタミン酸説の問題点

第6章 虚血性ニューロン死におけるカルシウムの役割
A.グルタミン酸・カルシウム仮説
B.細胞内Ca2+の上昇に引き続いて発生する細胞内変化

第7章 虚血性ニューロン死と脳温度

第8章 脳虚血とストレス応答,ニューロンの蛋白代謝
A.脳虚血とストレス応答
B.虚血耐性現象
C.虚血ニューロンと蛋白合成

第9章 脳虚血治療の新しい可能性について
A.虚血性ニューロン死治療の基本戦略
B.虚血性ニューロン死と新しい治療の可能性

第10章 脳虚血と一酸化窒素
A.ラジカルによる細胞障害
B.脳虚血と一酸化窒素
C.NO合成酵素(NO synthase, NOS)のisoformによる差違

第11章 細胞死の基礎研究から見た虚血性ニューロン死
A.壊死とアポトーシス
B.虚血性ニューロン死はアポトーシスか

謝辞
索引

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