本書を刊行するにあたり
透析療法は臓器不全に対する人類の挑戦の記録でもあるが,その歴史は意外に浅い.1926年Haasらにより開発されたダイアライザーを用いて初めて人体に使用されたことに端を発する透析療法は,当時,急性腎不全に対する治療方法として数名程度に試みられた.しかし,1名の生存者をもえることができず,急性腎不全の患者を救命できるようになるのは1945年Kolffらが開発したドラム型透析装置の登場を待たねばならなかった.以降,1960年代に入り,キールタイプのダイアライザー開発により,急性腎不全だけではなく,慢性腎不全に対しても透析治療が適応となった.1980年代には中空糸タイプのダイアライザーが開発され,現在行われている透析療法の原型が形成されてきた.今日,重症腎不全の治療法として当然のように行われている透析療法も歴史的にみれば慢性腎不全患者を救命できるようになってから,まだ60年程度しか経過していない.しかしながら,この歴史は臓器不全という致命的な状態に陥りながら長期間生存を可能としてきた戦いの歴史ともいえる.心不全,肝不全や呼吸不全など,それぞれの臓器が持つ能力が尽きたとき,未だに人は長期的に生存することが困難で,社会復帰をすることは再生医学の進歩を待たねばならぬ状況である.そのような時代の中で,我々透析医療を専門とする医療従事者は,不全臓器を抱えた患者を医療工学と医学の進歩を両輪として,長期予後改善や患者の社会復帰を可能とし,臓器不全医療に大きな功績を挙げてきた.しかしながら,腎臓はその臓器発生の特異性,複雑性により再生医療の恩恵を受けるまでには,かなりの困難が予想されている.また,本邦における透析患者数は,増加傾向が鈍化してきているとはいえ,2019年12月末の時点で34万人以上に達している.そのような状況の中,現在の透析医療を顧みると高齢化や糖尿病性腎症による腎不全患者の増加により,透析導入後の5年生存率は2000年以降,大きな改善が得られていないのも事実である.
このような状況を鑑み,本書では,生命予後改善に寄与できる透析療法を目指すべく,腎不全診療最前線で日々従事されている経験豊かな専門医に執筆を賜った.本書は,1979年,自治医大初代透析センター長,後に腎臓内科学講座初代教授に就任された浅野泰名誉教授の頃より培い,2代目草野英二名誉教授から現在に至るまで脈々と引き継がれてきた,自治医科大学腎臓センターの治療経験を礎とし,最新の診療ガイドラインや新規開発治療法に関する知見を盛り込み構成されている.専門医師のみならず透析療法初学者やメディカル・スタッフにも,できるだけ理解しやすい記載,構成を心がけ,より多くの透析療法従事者の役に立つよう,自治医科大学開学よりのモットーである「医療の谷間に灯をともす」書として上梓した.また,本書が,来る2022年,自治医科大学開学50周年を目前としたこの時期に発刊されることは我々にとって感慨一入である.
最後に,COVID-19感染症が猛威を振るう中,本書の執筆を御快諾頂いた先生方各位に心より感謝の言葉を贈るとともに,このような環境の中で,熱心に編集作業を行って頂きました,編集部の笹形佑子様,上岡里織様,歌川まどか様や,このような好機を与えて頂きました中外医学社に深謝申し上げます.
2021年6月
齋藤 修