はじめに
医学と法律.一見すると学問としては独立したものと考えがちですが,実は医学と法律は密接な関係を持っています.特に法律のほうが医学あるいは医療に介入してきている,あるいは関係を強要してきているともいえるのです.その一例を挙げますと,診療ガイドラインは医療界が自主的に行う内的規制であるにもかかわらず,医療訴訟が発生しますと,法律家は事後的にこの診療ガイドラインを証拠として医師の過失を追及する手立てに利用してくるのです.われわれ医師が患者さんの診療を行うとき,その診療が契約に基づいて実施されているという実感を持つことはまずないでしょう,しかし,法律からみますと医療行為は患者さんと医師あるいは医療機関との間の準委任契約と解釈されるのです.ですから,医療事故あるいは医療過誤が発生しますと,法律家はすぐに診療契約違反という立場から医師の過失を責め立ててくるのです.われわれ医師も法治国家のもとで医療行為を行っている以上,法律に規制されることに対して異議を申し立てることはできないでしょう.法律家は,法律という神輿を盾にして医療従事者の行った医療行為の過失を追及してきます.法律家は,医療の揚げ足を取っているのではなく医療を今以上によいものにするため医療訴訟などが存在しているのだと抗弁をしています.確かにその通りだろうと思いますが,現場で毎日医療を行っているわれわれ医師はすべての診療行為を法律に則って実施しているわけではありません.事後的に法律家が糾弾する注意義務をすべからく実施していたら毎日の診療は成り立たないのではないでしょうか.たとえば,診療録の記載内容がしばしば裁判における争点になります.われわれ医師はごく限られた診療時間内で多数の患者さんを診療し診療録を作成しているのですが,その診療録に診療のすべてを記載できるわけではありません.しかし,いざ医療訴訟になると法律家はその診療録の不備を指摘し医師の過失を証明しようとするのです.
現在,われわれ医師も法律と無関係に医療を行うことができない状況であることは否定できない事実であろうといえます.法律家は医療の現場を知らないのに勝手な論理を振りかざしていると考えず,医療に関連する法律,いわゆる医事法について医師として最小限のことを理解したうえで現場の医療に携わるのが賢明な対処法ではないかと著者は最近考えています.医事法に関する書籍はすでに多数出版されていますが,ほとんどは法律家の立場から作成されたものです.本書は,一知半解ではありますが医師の立場から,さらに日常臨床に則した視点から医療に関連する法律について解説を行ったものです.臨床に携わる医師がこれだけは知っておきたい法律知識を中心に具体的,実践的に解説したのが本書です.多数の医事法関連の書籍を熟読したうえで本書を執筆しておりますが,不佞の身であることから法律の解釈などに誤謬があるかもしれません.その際にはご海容を賜れば幸いです.臨床に携わる先生がたの医事法に関する知識習得の一助になれば幸いであると著者は祈念しております.
2021年3月
著者