序
人間の体重の約60%(乳児では70%)が水分であり,生命の維持に体液調整がいかに重要であるかが想像できます.
体液異常が生じた病態を元に戻すには輸液が必要ですが,その病態ごとに治療方針が異なります.例えば敗血症や糖尿病ケトアシドーシスなどは緊急的に輸液が必要な状況である一方,慢性の低ナトリウム血症では血清Na値を元に戻すタイミングが早過ぎると浸透圧性脱髄症候群をきたしてしまいます.また,漫然とした輸液継続による心不全や,高度の飢餓状態を認識せずに栄養輸液を行うことによって生じるリフィーディング症候群など,不適切な輸液は重篤な体液異常を引き起こすことがあります.さらに,カテーテル感染や空気塞栓などの輸液関連の致死的な機械的合併症をきたす可能性もあります.適切な輸液が患者さんの予後改善に寄与する一方で,不適切な輸液管理は予後を悪化させてしまうことすらあるのです.
私が研修医になった頃は,マニュアル本を読んでも輸液の考えかたがよく理解できず,デキル上級医の輸液メニューを真似してワンパターンの処方をしていました.しかし,デキル上級医になぜこの輸液を行っているのかを説明してもらうとその病態をよく理解できました.
本書は単なるマニュアル本ではありません.各領域のエキスパートである先生方の多大なるご協力により,救急外来から病棟,内科・小児科・産婦人科・高齢者・術後・造影剤腎症予防など幅広く重要な疾患・状況ごとに体液異常の病態,必要な輸液の考え方,ピットフォール,行っておくべきこと,輸液の方法,輸液を止めるべきタイミングを実践的にわかりやすく解説していただいています.
輸液は初期研修医から専門医,そしてメディカルスタッフにも求められる基本的知識です.今回この「輸液グリーンノート」が中外医学社グリーンノートシリーズに新たに仲間入りしました.本書により輸液に関わる全ての医療者に「とりあえずの輸液」を行うのではなく,なぜこの輸液を行っているのか「理由のある輸液」そして「やめるべき輸液」を学ぶきっかけになる一冊として役立つことを期待しています.
最後にご自身の臨床経験をもとに実践的で貴重な知識を共有して頂いた先生方と関係者の皆さまに心からお礼を申し上げます.
2021年2月
志水英明