序
「自分や自分の家族にも実施したくなる,脳卒中の治療法を開発したい!」
このたび,鈴木則宏先生から本書「脳卒中エキスパート 神経保護・神経再生療法」を編集する機会をお与えていただきました.大変光栄に感じると同時に言い知れぬ責任の重さを感じました.と言うのも,この分野の研究は,この60年間,世界中で大変精力的に展開されてきた歴史を有しており,小生がそれをキャッチ・アップできているのか,甚だ不安であったからです.
1950〜70年代には,Prof. Siesjö, Prof. Lassen, Prof. Symonら,数多くの優れた科学者たちとそのグループが脳虚血の病態を次々と明らかとしました.当時の研究環境を考えると驚愕すべき成果だと思います.その知見に基づいて,脳虚血による神経組織障害を軽減させる,あるいは,回復させる治療法を開発しようとする気運が盛り上がったのでは当然でしょう.しかし,「I―1. 神経保護療法・神経再生療法の今後」で詳細に書かせていただいたように,多数の脳保護薬の候補は「動物の脳は保護できるが,ヒトの脳を保護できない」という結論に至っています.STAIR勧告を初めて満たしたはずの脳梗塞治療薬 NXY-059も,2000年代の第3相臨床試験では有効性が証明されず,その虚無感は現在も完全に消え去ったとは言えません.また,この脳保護薬開発の哀しい歴史を,近年隆盛を極めている細胞治療の開発で繰り返すわけにはいきません.
したがって,本書では,各方面のスペシャリストをお招きして,今一度,脳虚血やくも膜下出血などの病態を詳細に整理していただいた上で,神経保護・神経再生療法の開発の最新の動向を探ってみることにしました.この企画が読者の諸姉諸兄の知識欲を満たし,今後の研究の方向性を探る上で少しでもお役に立てることを願ってやみません.
本書の出版にあたっては鈴木先生や中外医学社の皆様には大変お世話になりました.その一方で黒田の編者としての作業が遅々として進まなかったため,多大なご心配をおかけしました.この場をお借りして謝意とお詫びを申し上げたいと思います.
2021年2月吉日
富山大学脳神経外科
黒田 敏