序
神経疾患というと専門外の医師達は治療法のない疾患が多いという先入観を持ちがちである.確かに神経難病に指定されている変性疾患の中には,まだよい治療法のない本当の意味での難病があるが,多くの神経疾患では,一般に考えられている以上に治療法は発達しており,また早期診断,早期治療が有効な疾患も多い.ただ,他の器官の後遺症が外見上目立たないのに対し,神経疾患は一般の人にも容易にわかるような後遺症を残しやすいので,治らないという印象が強いものと思われる.
さて最近では,いわゆるevidence-based medicine(EBM)ということが強調され,治療面でもEBMに基づいた治療が基本となっている.大半の神経疾患でも,inert placeboを対照とした多施設二重盲検比較試験で有意に優れると判定された治療法が行われており,これらの治療法の優劣についての統計的な検討も行われ報告されている.しかし,特殊な神経疾患では多数例についての検討が難しい疾患もあり,またEBMに基づいた検討が不充分でも,一般的な治療法が無効な場合に試みられて有効だったと報告されている方法もみられる.
都立神経病院は,日本で最大の神経専門病院であり,非常に多彩かつ多数の神経疾患患者の診療を行っている.また最も多数の専門医が常勤医として勤務している病院でもある.EBMに基づく治療法を基本としながら,当院における治療法のノウハウをも含めた主な神経疾患の処方に関する本を執筆して欲しいという要望を受け,当院神経内科の各領域の専門家に執筆してもらってできたのが本書である.
治療法は日進月歩であり,次々に新しい薬も出るので,このような治療法の本は,絶えず改訂されていかなければならないが,現時点における主な神経疾患の標準的な治療法を提示できたのではないかと考えている.
実地臨床のお役に立つことができれば,誠に幸いである.
2001年 秋
平井 俊策