序文
オックスフォード英英辞典によると,コンテクスト(Context)は“the situation in which something happens and that helps you to understand it”とあります.何らかの事象が目に見える流れになるには,そこに至るまでの目に見えない筋道が伏流水のように流れています.これを理解しなければ発生した事象をロジカルに説明することはできません.虚血性心疾患の病態を知り診断をつけてカテーテル治療を行う筋道をつけるには,伏流水として流れるコンテクストを理解しなければならないと考えます.またContextの語源はラテン語の“contextus”すなわちweave togetherのようです.虚血性心疾患の診療においても,診断と治療を織り込んで1枚の診療設計図を作成します.目に見えた事象についてその理由を考え,診断から治療へのつながりをロジカルに説明できる思考の能力が必要となります.本書では,その思考のコンテクストを説明するように心がけました.
医学はサイエンスに基づくべきですが,多くの臨床現場でアートの側面を持っています.特にカテーテル治療にはアートの要素が多く,これが1977年に世界初のPTCAが施行されて以来,循環器診療の“花”であり続けている理由の一つであります.アートを言葉で伝えるのは非常に困難です.カテーテル治療のスーパーテクニックを紹介することは本書の目的ではありませんが,上手なカテーテル治療を行うための思考の流れ(コンテクスト)がわかるように努めました.アート(Art)にはimagine(想像)やcreate(創造)の意味あいがあるようです.カテーテル治療は多様性と不確実性に対して行う手技です.伏流水を想像(予測)して次の手を創造する能力が求められます.今後のサイエンスの進歩により一層,医療の普遍化・均質化・画一化が進むことでしょう.それを超えたところを目指す,読者の皆様であって欲しいと願います.
ともかくも一人で書きました.アートの部分が多い内容なので,スジを通すにはよいのですが,その分だけコンテクストが偏っているかもしれません.ガイドラインも大規模スタディも尊重していますが,すべてが正義だとは思っていません.アートを伝えるのに,ガイドラインだけでは味気ないでしょう.心を込めて書きました.どうぞ,手に取ってください.
2021年春
樋口義治